栗沢山、アサヨ峰 南アルプス
2016.07.30
高橋



 
ヤマハハコ 長衛小屋キャンプ場で オンタデ 長衛小屋キャンプ場で  

 
イワオトギリ 仙水小屋付近で ミヤマアキノキリンソウ 仙水峠付近で 

 
ゴゼンタチバナ 下山時、栗沢山西尾根で 2700m付近
トウヤクリンドウ アサヨ峰へ向かう稜線で  

ヤマハハコ:山母子  オンタデ:御蓼  イワオトギリ:岩弟切  ミヤマアキノキリンソウ:深山秋の麒麟草  トウヤクリンドウ:当薬竜胆  ゴゼンタチバナ:御前橘


参考情報
『南アルプス』山と渓谷社 2010年第2刷

コースタイム
長衛小屋(旧駒仙小屋)5:57-仙水小屋6:28-仙水峠7:01-栗沢山8:3655-アサヨ峰手前鞍部26909:28-栗沢山10:005-長衛小屋(旧駒仙小屋)11:28

ルート図



 突然思い立って、南アルプスの山を日帰りすることにした。日帰りとはいっても、登山口までは前日に入らなければならないので、前泊日帰りということになる。
 野呂川をはさんで北岳と対面するのが早川尾根である。甲斐駒ケ岳から鳳凰三山へつながる大尾根の一部である。早川尾根とは、どこからどこまでを指すのか正確には分からないが、栗沢山からアサヨ峰を経て広河原峠辺りまでを指す呼称のようである。手持ちのガイドブックには、次のように記されてある。
    夏山シーズン中でも訪れる登山客が少なく、まさに忘れられた山域である。
    栗沢山からアサヨ峰の間は爽快な稜線が続き、甲斐駒ヶ岳と北岳、仙丈ヶ岳の
    眺望がすばらしい。

 もういつだったかすっかり忘れてしまったが、1970年代に夜叉神峠から鳳凰三山(薬師岳、観音岳、地蔵岳)を歩いて、白鳳峠から広河原へ降りたことがある。ところが、このとき峠を間違えて、踏み跡に引かれて、峠の手前から尾根を下ってしまった。次第に踏み跡が薄くなり、ついにはそこが登山道ではないことを悟る。
 
若者は、無鉄砲なものである。踏み跡のない急な斜面をそのまま降りて、もう戻ろうとはしなかった。だんだん心細くなりみんな無言になった。極点に達する前に、しっかりした踏み跡に合流して広河原へ達したのだった。倒木の多いシラビソの原生林だったが、ヤブや岩場がなく行き詰る箇所がなかったのが幸いした。
 
下降点の峠をどうして間違えたのか、納得できなかったが、峠の前の「高嶺」の位置確認のあたりからもう不安になっていた記憶がある。とすれば、必然の結果だ。今思えば、山登りの技術が未熟だったのだろう。標識もなく、そう人も歩かない領域だったので、自分たちの力量が試されることになった。当時は、地蔵岳の西を歩き広河原へ下る登山者はまれだったのである。
 
南アルプスの登山でルートを外したのは二回あるが、これがそのうちのひとつだ。一度は、千枚岳へ向かう途中だが、そのことについては別のところで書いた。
 
この道を間違えた白鳳峠の先に続く尾根が早川尾根であった。さらに先へ足を延ばしてみたいと、早川尾根の存在を意識したのはその頃だと思う。ただ、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、白根三山と3000m級の輝かしい峰々に比べて、早川尾根の栗沢山、アサヨ峰はいかにも地味である。稜線が樹林帯に入る個所もあり、森林限界を抜けて岩稜を歩くのを登山と考えていた当時の私には、やはり少し「魅力の薄い」山だったのである。南アルプスからも遠のいてもう30年以上も経った。

 
北沢峠から仙水峠へ上がり、早川尾根小屋に一泊して広河原峠から広河原へ降りるというのが、早川尾根を歩く「正しい歩き方」だと思う。途中、早川尾根小屋に泊まれば、軽荷で自分にも余裕で歩けるはずである。このところ、そんな小さな夢を抱いていた。しかし、急に山行きを思い立ったのは、アサヨ峰往復だった。小屋に予約して泊まるのも煩わしい、かといってテントを担いで上がる体力もない。そんなわがままな希望を混ぜ合わせて決めたのが今度の突然の山行だった。「南アルプスの日帰り登山なんてあるのかなあ。」自問しながらの登山であった。
 
長衛小屋(旧駒仙小屋)にテント泊して、次の日の朝アサヨ峰を日帰り装備で往復すればよい。ただ、この予定には、欠点があった。混まないうちに帰りのバスに乗るには、13:30のバスに間に合わせなければならないことである。ちょっと忙しい。そのためには、ぜひ前日のうちに登山口の長衛小屋に着いていなければならない。

 金曜日の午前中に家を出て夕刻に長衛小屋に着けば、そう混まないだろう。そう考えて、奈良田温泉を13:30に出るバスに乗った。広河原で乗り換えたバスにも座れて安心した。だが、長衛小屋のテン場は、すでに上段がいっぱい、中段は半分ほど埋まっていた。40張りはあっただろう。平日に出掛ければ混まないだろうという期待は、簡単に裏切られた。
 以前にも書いたが、最近のテン場は1~2人用のテントが圧倒的に多い。4~5人用の少し大きめのテントは少ない。おそらく、高校や大学の山岳グループでも、「個室や二人部屋」が当たり前になっているのだろう。時代の流れを感じる。
 
中段の端にテントを張り終えると、緊張が解けてゆったりとした時間が流れ始める。自分がテントを張った後は、人が増えることはなく、自分の周りにはガランとした空気が広がった。北沢の対岸には聞きなれない小鳥の声が響いている。甲斐駒はガスに包まれていた。
 
以前、このテン場に来たのは五年前の八月だ。山岳テントの居並ぶ中で、草色の一枚のタープを張って陣取った。われわれの姿は、少し場違いな空気を放っていたはずだ。あのときは、楢原さん、タケさん、クマチさん、そして私の四人だった。大武川遡行の帰り、最終バスに乗り遅れて仕方なく幕を広げた。
 
テントを張ってしまうと、何もすることがない。ひとりだと、ますます手持ち無沙汰だ。小屋の付近を歩いたり、北沢へ降りて水の流れを見つめたり、所在なく過ごした。誰も誘わなかったことを少し後悔した。高度2000m、山の空気は快適だ。虫もほとんど居ない。することもなく、五時には、北沢の流れに冷やしたビールの蓋を開けた。おそろしく冷たかった。

午後4時頃 長衛小屋のテン場上段 小さいテントが多い テン場中段の端にマイテントを張る ぼんやり過ごす

午後五時ごろ 良い感じに晴れてきた 北沢が流れる 五時過ぎ 雲が切れ一瞬摩利支天がのぞく

 朝3時ごろから周りがざわつき始めたが、そのまま寝た。5時前に起きるとすでにあらかた人が居なかった。朝食を摂って小屋前を出たのは6時だった。仙水小屋を過ぎシラビソの樹林を抜けると明るく開け、左手が岩の塊が連なる岩塊斜面になる。緩やかな斜面をたどると鞍部が見える。仙水峠だ。
 大武川の底から次々にガスが吹き上げてくる。摩利支天も甲斐駒もガスの中だ。5年前と同じだった。大武川を一泊で遡り、よれよれになって樹林の闇からまぶしい仙水峠に這い上がった。甲斐駒の頂が見えるかと期待したが、その時もガスの中だった。
 今度の山行は、仙水峠から甲斐駒を仰ぐことが目的に含まれていた。そのひとつが目の前で崩れた。梅雨明けの夏空を期待したが、空気にはまだ相当な水分を含んでいるらしい。「これでは、仙丈も北岳もだめかもしれない。」




シラビソの林の向こうに明るい日が差している
朝日の当たる岩塊斜面 大きさのそろった岩が大斜面を形成する

小仙丈ヶ岳が見える その頂の奥にもう一つのピークが見える 仙丈ヶ岳


仙水峠から真近に見えるはずの摩利支天を望むがガスばかり
栗沢山(中央) 左の尾根をこれから登る

 仙水峠から早川尾根に続く主稜線に入る。ここからは未経験の領域だ。栗沢山までは相当な急登である。仙水峠まではタイム通りだったが、この急登が問題だ。標準タイムには1時間30分とある。頂上まで、休憩を含めて2時間で登れれば上出来としよう。
 覚悟して登り始めるが、すぐ息が切れる。めまいがするようにバランスが悪い。酔うような感覚がある。最近は、こういうときが多い。歩き始めるとふらつく。それでも、次第に歩行が自分のものになり、安定した足取りになる。加齢のせいだろう。そう思っている。
 30分ほど急登をこなせば、ダケカンバが多くなる。山岳地特有の景色だ。ミヤマハンノキ、シャクナゲ、ハイマツ、シラビソ、コメツガが混生する。2500m付近からは、樹林が消え視界が開けて来る。森林限界を超えたらしい。あいかわらず東斜面から次々にガスが湧いてくる。振り返っても、振り返っても甲斐駒はその姿を見せない。
 頂上が近くなると岩場が見えてくる。遠目にはかなり急だ。クライミングになるのだろうか。ちょっと身構えたが、近くに寄ればルートはしっかりある。ダブルストックを持った同年輩の単独行を追い越した。早川尾根小屋へ行くという。
 岩場を10分も登れば栗沢山の頂に出る。頂上からは、予想した通り北岳の姿は見えない。濃いガスが覆っている。仙丈ヶ岳はわずかに頂上が隠れ、その下のカールがかろうじて見える。仙丈のあの急峻なカールを登ったのは4年前だ。小仙丈沢を一日で駆け上がり、ガレとハイマツのカールを詰めて、登山者でにぎわう稜線へ上がった。その時は、ひとりだった。

主稜線へ入る 栗沢山まで雰囲気のある急登が続く 立ち休みを加えながら高度をかせぐ


何度も後ろを振り返るが、甲斐駒は姿を見せない
2400mを過ぎるとダケカンバが多くなる

栗沢山はもうすぐ 岩場が伸びる




















 栗沢山(2714m)の頂上には、二人の先客があった。一人は、伊那側から早朝のバスに乗り、北沢峠から西尾根を登ったという。バスは全部で7台、そのうち早川尾根へ向かった者は、わずかだという。そのうちこの人の仲間二人と、もう一人が西尾根を上がって来た。驚いた。こんなに早川尾根を目指す登山者があるとは思わなかった。人に会うことはまずないと思っていた。
 アサヨ峰へ行く稜線でも、帰りの西尾根の下りでも人に会うことになる。アサヨ峰を往復する者、早川尾根小屋を目指す者、広河原まで一日で駆け降りる者様々だ。単独行も多い。南アルプスを目指す登山者は、年間三万五千人ともいわれている。早川尾根の「忘れられた山域」というイメージは、もう過去のもののようだ。だが、バスやテン場の混み具合からすれば、この早川尾根はまだまだ静寂が保たれているといえるのだろう。

 あまりにガスが多いので、このまま下山しようとも考えたが、アサヨ峰へ向かうことにした。ガイドブックには「栗沢山からアサヨ峰の間は爽快な稜線が続く」とあるので、少し歩いてみたいと思った。アサヨ峰へ向かう稜線は、運良くガスが懸かっていない。
 稜線は時々岩場の現れるルートである。踏み後はあるが、岩場では分かりにくくなる。要所にピンクのテープが枝に付けられてあるが、見逃すと道を外す可能性がある。帰りに岩場で道を失い少し迷うことになった。眼下には林道が見える。対面する山々はガスの中でその輪郭がはっきりしない。幸い稜線はガスがなくハイマツと岩場の続く爽快な尾根であった。
 
残念ながらアサヨ峰の頂上はガスの中だ。栗沢山からちょうど30分ほど歩いた地点、アサヨ峰への登りの始まる鞍部から引き返すことにした。アサヨ峰に達しても視界が得られないと思ったからである。またいつか来ればよい。ガスの出ない日に来れば、素晴らしい展望で迎えてくれることだろう。あと一度歩きたい。そう思いながら引き返した。


アサヨ峰へ向かう ハイマツと岩の混じる穏やかな稜線が続く アサヨ峰は雲の中だが続く稜線は見える

アサヨ峰から野呂川に落ちる稜線がガスの中に見える

一瞬雲が切れ、アサヨ峰の頂上の輪郭が現れる 手前鞍部から

























西を望めば仙丈ヶ岳もかすかに見える




下山

栗沢山へ戻る 栗沢山の頂上が見える
東からガスが吹き上げる 登山道はガスがない


登山道にハイマツの実を食べた跡が ホンドオコジョは2500m以上のハイマツ帯に棲むという ライチョウも大好物だというが
栗沢山の頂上から仙水峠を望む 甲斐駒は相変わらずガス

仙丈ヶ岳(奥の高峰)のカールが見えた 栗沢山から


長衛小屋に戻ると さらにテントの数が増え 上段、中段ともいっぱい 普段は張られない下段まで埋まっていた 100張りはあると思う マイテントを撤収して帰路につく 7/30(土)正午
シラビソの林を下って長衛小屋へ 下りが長い



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