2016.07.09 沢を歩く

 沢を歩き始めて、もう15年以上になる。その割には、滝の登攀が少しも上手にならない。山岳会に入って沢登りの方法を誰かに教わった訳でもないので、まあそれも仕方ないと思っている。登攀の上手な人は身の回りにも居たので、その方々ともう少し一緒に遡行していれば、少しは上手になっていたと思うが、それも様々な事情によってできないでしまった。
 
知っている昔の仲間には、今シーズン南アの赤石沢をトライしたいという者もいて、羨ましく思う。もっとも、そういう人は、周りの怠惰に流されず研鑽を積んできた努力のひとだ。簡単に羨むことはできない。

 
最近は、少し体を壊したことや、加齢による自然な衰えもあるので、なかなか思うように遡行を楽しめなくなっている。沢登りは、登山道を歩く登山とは違い、道のないルートを歩くわけだから、事情によって途中で撤退することも簡単ではない。数人で歩く場合にはそうでもないが、単独で歩く場合には、ことさら体力が頼りになる。
 
小さな滝の滑落でも、怪我をして動けなくなったり、運が悪ければ死んだりすることはそう珍しいことではない。最近偶然に見たウェブの情報を見て、考えを新たにした。こういういかにも偶発的な「遭難」にしても、その裏には体力の低下が関係していると思っている。体力の低下が、注意力を弱めバランスを崩し事故に結びつく。

 
体力の衰えを感じたならば、潔く沢から足を洗えば良いだろうが、なかなかその未練が断ち切れないのが凡人である。衰えてきた体力を何とかカバーして、沢を歩くにはどうしたらよいか。そんなことばかり考えている。
 
体力をカバーするには、歩く時間や距離を短くするように考えるが、そう単純でもない。そうすれば、奥多摩や丹沢のゲレンデの沢しか歩くことができなくなってしまう。何年も沢を歩いていると、歩く価値のある渓を歩いてみたい、と自然に思うようになるものだ。体力が衰えたからといって、どの沢でも良いとはなかなか思えないのである。
 
私の歩けるのは、しょせん初級の沢だから、歩いてみる価値のある渓はそう多く見つからない。体力が無いのに、渓相の優れた渓を歩きたいというのは、「翼がないのに空を飛んでみたい」と云うのに似て、もともと相当に無理のある話だ。
 
だが、この「相当に無理のある話」を成立させるのが、沢登りから落ちこぼれそうになっている私の「楽しみ」になっている。
 
沢のガイドブックを見て、行きたい沢を選定するというのは、よく採られる方法だが、これは普通の体力を持っている人のやり方だ。それができるのなら苦労はない。
 
普通の体力で日帰りできる沢を二日に分けて歩くというのは、よく考える方法だが、問題ないわけではない。途中で泊まることになるので当然荷が重くなる。そのために体力を使う。ただ、この方法はスピードを上げて日帰りする沢をゆっくり歩き、途中で沢の最大の楽しみでもある野営をするので、うまく候補を探し当てれば、沢の楽しさを二重に満喫できることになる。
 
だが、ガイドブックを開いて簡単にそんな名渓に当たることはまずない。ガイドブックに紹介されている沢登りのルートはそんなに多くないし、その中でこちらの希望を満たす候補はまれにしかない。しかも、たいがいそういうところはすでに歩いている。
 
という訳で、「翼がないのに空を飛んでみたい」という、わがままなわれわれの希望を満たすのは、金鉱を探し当てるようなものだ。ウェブの深い谷に分け入り、自身の嗅覚で先達者の記録を手あたり次第に当たり、その中に利用できるものを探すということになる。これもまた当たり前のことだが、ウェブの記録はたいがい屈強な若者のものである。したがって、われわれが「そのまま」使えるルートはまず無いといってよい。
 
ウェブの記録を生かすには、その記録からヒントを得て自分流にルートを組み立てるといったような感覚が要求される。これは、時間のかかる仕事だ。長い時間パソコンの前に座ってウェブの谷を彷徨い、金鉱脈を探し当てる粘り強さが求められる。
 
最近では、沢を歩くことが好きなのではなく、この調べるという行為が自分の趣味なのではないかと思うことがある。というのは、実際に沢を歩いている時間よりも、金鉱脈を探している時間の方が圧倒的に多いからである。

 
南ア尾白川の鞍掛沢に入り日向八丁尾根を下山するルートは、ヒロタさんが金山沢を上がるルートを再開拓した。それからは、鞍掛沢を上がるルートに人気があるようだ。人気のある沢は嫌いだが、もともと早い時期にこのルートに注目してきたので抵抗は少ない。
 
奥鬼怒の赤岩沢は下山が長く再訪をためらっていたが、第二大滝の下でビバークして、黒沼田代までピストンすれば軽荷で行動できる。良い案だと思っている。ウェクラの人たちと歩いてみたい。
 
奥秩父の滝川本流はいつか歩きたいと思ってきた。釣橋小屋跡の手前までが、一日強のコースだが、途中槙ノ沢へ上がり、明るい河原で一泊すれば、余裕で歩くことができるはずである。
 
中アの初級の沢、小黒川本谷は下流部が大水で荒れているらしい。滝の少ない間延びした下流部は、登山道でかわすのが良いだろう。信州大のしらび平小屋に泊まり、次の日に1900mに入渓して日帰り装備で上流部を歩く。森林限界を超える2600m稜線へ上がる詰めは、今からその眺望が楽しみである。

 
しょせん、沢や山は「行ってなんぼ」のものである。ウェブの谷の彷徨は、それなりに楽しいのだが、自然の渓を歩く喜びの千分の一にも満たない。折から梅雨シーズンである。週末の悪天のため、金鉱探しの旅がはからずも多くなってしまった。
 
手元に蒐集した金鉱の地図をもとに、自然の渓を歩く日はいつになるのだろうか。まだ、梅雨明けの兆しはみえない。



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