御堂沢 富士川福士川 (調査)
2016.05.14
高橋
(フェルトソール)

ヤブデマリが咲いていた ムシカリとそっくりだがヤマデマリは、五つの白い花びらのうち一つが小さいという ムシカリは桜の開花の頃、ヤマデマリは五月にならないと咲かないとも どちらも一見アジサイに似ている


参考情報
『南アルプス』日本登山大系 白水社 白峰南嶺・安倍連山の項

コースタイム
 なし



 梨県南部町の福士川白ガレ沢の上流部を歩いたが、遡行に値する渓ではなかったので、早めに切り上げた。どこか近くの沢でも寄って行こうと考えても、「ハズレ」を考えていなかったので、地形図も持って来ていない。という訳で、少し下調べをしていて、気になっていた御堂沢を覗いてみた。
 御堂沢も福士川の支流だが、篠井山の東面を流れる急峻な谷である。『南アルプス』(日本登山大系)では、御堂沢と呼ばれているが、現在の南部町の観光資料によれば、「有東川」となっている。人の入ることの少ない河川の名は、呼称がすぐ変わってしまうことが多いようである。この40年ほどの間に御堂沢は、有東沢となってしまったようだが、どのような経緯があるのだろうか。そういえば、今月の末に出掛ける「栗原川」という名も、以前は「追貝川」と呼ばれていたとどこかにあった。
 御堂沢の記録は、調べた範囲ではただ一つあった。どうやら静岡大学山岳部の2007年の記録のようだ。ただ、記録した遡行者がどこをどう歩いているか分からないようで、「右へ行って左へ入ってまた右俣へはいってどうの・・・・」というような、あやふやな記録でしかない。そのため詳細は分からない。この時の遡行記録では、遡行時間が5時間半とある。学生の体力を考えれば、われわれが簡単に歩ける沢ではないようにもみえる。
 先月、図書館から借りて読んだ『安倍川流域の山と谷』石間信夫(1957年刊)では、具体的な記載はなかったが、「篠井山の東に険谷あり」と記されているのを読んだ記憶があるが、この御堂沢のことであるのかどうか分からない。いずれ満足な記録のないのが、この沢である。
 御堂沢は、福士川の一番下流側にある左岸支流である。この沢の上流部には、御堂という集落があるようなので、川の名はここから来たものと思う。御堂沢が福士川に出合う位置から舗装道を4kmほど入った辺りで、舗道は御堂沢を南へ渡る。取れかけた橋の銘板に山ノ神橋とある。標高340m付近だ。来る前は、もう少し開けた明るい渓を想像していたが、沢幅がそう広くない暗い感じの流れである。水量は決して多い方ではないが、しっかりとした流れがある。
 山ノ神橋の上流すぐで流れに足を入れたが、すぐ小さな滝がある。その先は集水用の小ダムになっていて、さらにその先は大岩の集積した巨岩帯になりルート選定が難しくなる。ここを過ぎるとまた穏やかな清流に変わる。これはいい沢かもしれないと思っていると、突然目の前に10mはある堰堤が現れる。左から高巻こうと近づいたが、険しくて追い返される。左岸へ回ると、沢に沿って林道がある。いちど林道へ上がって高巻き、ふたたび沢へ戻る。だが、この先でもすぐ大きな堰堤に追い返されて、また林道へ上がる。
 そんなことをしている間に、しっかりした二俣になった。右俣はゴーロに水が流れている。左俣の水量が多いので左俣が本流なのだろう。あとで地形図をみるとこの二俣は、標高400mであることが分かった。
 本流を覗くとゴーロで少し藪のかかるところも見える。だが、水量はある。ただ、白ガレ沢や大洞川よりは沢幅の狭い小規模の沢に見える。もう少し遡行すれば、開けてくるのだろうか。いずれ今日は時間切れでここまで。



すぐ巨岩帯になり大岩を越えるのに苦労する
山ノ神橋の先をすぐ降りると小滝 その先が小ダム


良い調子で歩き始めると、大堰堤が現れる 右から巻いた
大岩の間を縫って水は流れる


静かな流れも現れて期待が膨らむ
また大堰堤が現れる ここも右側の林道へ上がって高巻く

400m二俣を左の本流へ入る 雰囲気のある沢だがヤブのかかっているのも見える ただのヤブ沢なのだろうか この先はどうなのだろう



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