真城山さなぎやま~金冠山 西伊豆
2016.02.11
高橋




参考情報
 なし


コースタイム


概念図


ルート図概要


ルート図



 「カメラが使えない!」

 電源ボタンをいくら押してもカメラが作動しなかった。すぐに、カメラに電池を入れてこなかったことに気が付いた。朝、急いで電池を取り出して充電を始めたが、そのまま忘れてしまったようだ。

 今日は、真城山さなぎやまから金冠山を経て達磨山レストハウスまで歩く予定だった。金冠山を北へ少し降りた付近から見る景色は絶景だ。低い笹原の広がる明るい尾根の先に、駿河湾が広がり秀麗な富士がそびえている。この写真を撮って帰りたい。そう思ってきたので、カメラが使えないのには、すっかり意気消沈した。


 気を取り直して、達磨山レストハウスの前から9時42分のバスに乗った。

 戸田へだ峠を越えて古宇口こうぐちまで乗る。古宇口から真城峠まで約二キロを歩く。そこから真城山を登り、そのあと真城峠から金冠山へ延びる長い尾根を歩くつもりである。真城山は一度も登ったことがない。峠の傍らに突如盛り上がる軍艦のような山だ。登山道があるようだから登れるのだろう。

 バスが戸田峠に着くと三人ほどが降りた。ひとりは長い脚に黒いタイツをはいたトレイルランナー、もう二人は登山者だ。ひとりは重装備だ。長い距離を泊りで歩くのだろう。ニッカボッカをはいた古典的なスタイルで、めずらしい。三人とも達磨山へ向かうのだろう。この辺り、この時季に登山といえば、達磨山は第一に選択されるメジャーなコースである。起伏が大きくないので、トレランにも利用されているようだ。

 バスの中には、後部座席にひとりと前の方に座った私の二人だけになった。祭日というのに乗客は少ない。戸田峠からバスが下り始めると急坂になる。バスの高い座席から先を見るとまるで谷底へ落ちるような感覚である。バスは、エンジンブレーキを強く効かせならぐんぐん下っていく。まるでジェットコースターのようだ。ここで、道を外したら一巻の終りだろう。先日のバス事故のニュースを思い出して、少し嫌な気持ちになった。

 古宇口で降りたのは、ひとりだった。古宇口は、沼津市へ延びる道路との交差点だ。ひと気のない寂しいところだ。ここから真城峠まで二キロある。

 あまり車の通らない広い舗道をゆっくり歩く。緩い登りの曲折した道が続く。ときどき車が通るが、人の歩いているのを想像できないのだろう。ハンドルを大きく切って避ける車が多い。一キロほど歩いた辺りで、目の前に止まってくれた車の主が、後ろに乗れと言う。ありがたく乗せてもらった。峠まであっという間だった。

 

 真城山の登山には少し苦労した。登山道を見つけることができなかったからである。地形図には東と北から頂上へ詰める点線があったが、今では歩く者も無いのだろう。あきらめかけた時に西側の道路から上がることを思いついた。農道なのだろうか、地形図では頂上の近くまで延びている。道路を歩いて登るというのも癪だったが、どんな頂上だろうかという興味が大きかった。誰も歩いていない頂上を踏んでみたいと思ったのである。

 真城山の頂上は標識もない寂しいピ-クだったが、そこから望む駿河湾とその先に広がる景色は絶景だった。思いもかけない収穫だった。頂上へ向かう西斜面には、低木の常緑樹がきれいに手入れされてある。後で調べると、どうやら仏前に供える樒シキミのようだ。淡黄色の小さな花が咲いていた。
 伊豆半島の近くに住み、ときどき半島の山へ出掛ける自分にとっては、山の上から見える海の景色は、そうめずらしいものではない。だが、山の上から広い海を望むというのは考えてみれば特異な体験だと思う。たいがい、山というのは内陸奥深いところにあるものだ。山のすぐ下が湖ということはあっても、海が見えるというのは、やはりめずらしいと思う。その中でも、真城山からの景色は圧巻であった。

 眼下には、視野いっぱいに海が広がる。駿河湾と緩やかにカーブする海岸線が見える。中央には富士市街が、その左手には清水の街が見える。その左手に見えるのは三保の松原だろう。さらに海岸線を左へ辿ると半島らしき出っ張りが霞んでみえる。駿河湾の西の突端、御前崎が見えているのだろうか。駿河湾は青黒い油を湛えた水瓶のように驚くほど静まり返り、白波ひとつ立っていない。大きな白船が真ん中に浮かび、眼を細めるとごま粒のような漁船がいくつも停まったり動いたりしている。富士市街の向こうには秀麗富士がその雄姿を見せる。白いマントを被っていてその輪郭線の裾が大きく広がっている。右裾に静かにたたずむのは、愛鷹連峰の山塊だ。富士山の左裾に雪のないほの青い塊を見せるのは天子山塊だ。その左手に眼を移すと白い山稜の連なり、南アルプスの山々の頂がくっきりと見える。それらの肩から下を隠しているのは、雪を微かに被ったあおぐろい身延山地の連なりである。

 真城山の頂上からの眺望は、あたかも、駿河湾沖合の空から駿河の国を俯瞰したような絶景だった。

 真城峠から金冠山へ向かうルートは、実に禁欲的な登山となる。始終ゆるやかな登りとなりブッシュのために展望が効かない。ブッシュが開け海が見えるのは、761mピークまでの間に一か所あるだけだ。その先は、金冠山の手前で笹原が開けるまで、灌木帯の間をただ歩くだけである。

峠から広い登山道に入ると、マツ、ヒノキが目立つがじきにアセビとイヌツゲの林になる。ときに楠の葉に似たヤブニッケイを見る。日が差せば登山道に明るく暖かい斑をつくりだす。山道にはときに赤い薬きょうが落ち、イノシシの掘り返しが目立つ。イヌツゲはときどき太めの古木を見せる。仰ぐと枝と枝が空に向かってねじれ、何か前衛絵画のような影絵を思わせる。

いくつもの小ピークを越えまた小さな急登をこなす。ときどき左手に踏み跡が分岐する。ぼんやりしていると引き込まれてしまいそうだ。アセビとイヌツゲのトンネルが続く似たような起伏をただゆっくりと登る。現在地を知るには、つど確認をしなければならないが、これがけっこう楽しい。ただ、本道は広く拓かれてあるのでルートをそう間違えることはないだろう。途中までは、青いリボンが導いてくれたが、金冠山に近付くといつのまにか無くなっていた。

金冠山に続く北尾根に入り登りをこなして下降を始めるとすぐ、灌木帯がいっぺんに開ける。とつぜん小笹の原が広がり、前方には金冠山がその右手遠方には達磨山の端正な姿が見える。アセビとイヌツゲの暗いトンネルから出たこのときの解放感は格別である。広い笹原を歩くこの辺りは、いつ来ても登山の楽しさを特別に感じるところだ。

振り返れば、富士山が笹原の尾根の先に泰然とそびえ、右手に真っ青な駿河湾の最奥の入り江と淡島、そして沼津アルプスの連なりがミニュチュアのように見える。笹原の左下には、戸田港が間近に見えその先には広大な駿河湾の外海が広がっている。真城山で見た景色に劣らない、駿河湾と富士山を巡る壮大な眺めが広がっているのであった。伊豆、駿河の地にあって、おそらく、富士山と駿河湾の対比の美しさを最も感じられるのはここだと思う。金冠山の頂までは誰でも来るが、この笹原まで降りてこないのは残念なことである。

この頃には雲が覆ってきていた。あいかわらず風はなかったが、空気が冷たい。今が冬であることを気付かせてくれた。先を急がねばならない。



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