2016.02.08 書棚の整理


 書棚に有った古い本を捨てた。
 
断捨離という訳でもないが、そういうことを考えなければならない歳になったということだ。元々あまり書物を読む方ではないので、蔵書はそう多くない。だが、本は買ってしまえば、捨てることはまずないので、溜まるばかりだ。そのうち、書棚いっぱいになり、新しく買った本を収めるところが無くなる。しまいには床の上にも本を積んでおくことになる。
 
もうどうしようもなくなり、本の大掃除を考えたわけだ。昨年の11月から12月にかけて、「一大事業」だった。10年ほど前にも書棚の半分を処分したことがあったが、今度はその二回目である。普段特別にやることもないので、久方ぶりに仕事をしたような気分である。今は爽快だ。
 
本を捨てるのは、使い古した家電を捨てるようには、簡単にはいかない。もう30年も過ぎた古い本ばかりだったが、その内容は今でも全く古びていない。そこに自分なりの価値を認めてしまうので、なかなか簡単に捨てることはできない。だが、とにかく物理的にもう収納ができないので、整理するほかはない。
 
本を処分しようとすると、すぐに図書館への寄付や古書店への売却を考えるが、これもそう簡単ではない。図書館は人気のある新しい書物しか欲しがらないようだし、古書店も同じ。流行りの書物でなければ二束三文である。特に私の持っていた古本は、一般受けしない「人気のない」ものが多いうえに、希少本はほとんどない。
 
捨てるべき古い本を整理していると、その書物を購入した当時の様々な思いがよみがえり、ますます捨てるに忍びなくなる。古い本だが、まだ誰かが読むのであれば、その方が良いだろう、そう思って京都の古書店に見積りを出すことにした。ひとまず、20代に購入した現代詩の詩集だけをひとまとめにして、計算をしてもらうことにした。その結果を見て他の書物をどう処分するか考えることにしよう。
 
苦労してタイトルや著者名の一覧表を作り、ネットで問い合わせた。すぐ返事があり、100冊ほどの詩集の見積りは、3500円ということだった。やっぱりという感じだったが、いかにも安い。段ボールに入れて送る手間賃にもならない。
 
40年前の価格では20万円はするはずだった。詩集というのは高いものだ。その頃は20代で給料も安い時代だった。われながら、よくこんなに買い求める情熱があったものだと感心した。だが、そんな個人の思いは古書の流通には関係ない。
 
この見積りの結果をみて、こころが決まった。すべて廃棄しよう。書棚に有るすべての書物を捨てる。そう思って行動することにした。決まれば、さばさばしたものである。売却を考えた時のようにホコリを落とす必要もなく、書棚から引きだしてただ紙ひもで縛る。そして資源古紙の収集所へ持って行くだけだ。
 
一冊一冊に当時の思い出が溢れて来るが、それを振り切るように本の大きさごとに束ね、車のトランクに積んで持って行く。始めれば、なにも考えなくなり、本も無価値のものとなる。だが、収集所のコンテナへ投げ入れるときだけは、なぜだかこころが痛む。そんなことを二週間以上続けた。
 
私は、元来好きなことしかやらないという性格のために、本も興味の湧くものしか手に取らなかった。学校で材料学を学び、職業もそのような道に進んだので、20代であれば専門に関わる勉強もしなければならなかったはずなのに、私は、全く工学の勉強をおろそかにした。今思えば、愚かなことだったと思う。
 
私の小さな書棚を埋めていったのは、哲学、心理学、精神医学、文学、社会学、言語学、美術など文系に関わるものだったが、いずれもほとんどは初学者が手に取る入門書に近いものばかりだった。そんな訳で、どれも大成していない。
 
カール・ヤスパースの『精神病理学総論 上・中・下』は、当時の自分としては高価な本で、こんどの処分で紙くずになった書物である。この三冊組の書物には、上巻の三分の一に下線が引いてあったが、中・下巻は全く開かれていないようだった。学びの心は強かったが、途中で挫折したのだろう。こういうものは、まれだが、若いということもあるのだろう、一般の人があまり分け入らない分野の難しいものに向かう傾向が強かったように思う。これは、若者にありがちなヒロイックな感情によるものだろう。
 
幼い頃に父親を亡くしたせいか、人が生きて死ぬことへの素朴な恐れや不安のようなものに囚われることがあった。中学の時に、「死」というもの、「自分の無くなる」ことを考え始めて収拾がつかなくなり、宇宙の果てへ抜けるような、底なしの不安を覚えたことがある。そのときは、死を考えることに蓋をして、思考を働かせないという方法によって、死の観念の重力から逃れた記憶がある。ただ、そのうち高校受験に打ち込むようになって、自然にこの「恐怖」からは遠ざかるようになった。
 
そんな訳だろうか、自分でもあまり良く分からないが、「人間」というものへの興味が自然に湧くようになった。生きる意味を捉え、生きて在ることの不安や恐れを縮減しようという思いがあったのではないか。そのためには、原理的なところからの「人間探求」が欠かせない。自分の手の伸びる書物が先に述べた文系のものであったのは、そういう理由があったものと思う。
 
だが、読書というものがどれだけ自分の生き方に影響を与えたのか、結局わからない。それらの書物の影響を受けないもう一人の自分を想像できないからである。ただ、深く考えることをしないまま、興味の向くままに本を読み重ねても得られることは少ないのではないかと今では思う。哲学にしても、哲学者の「思想」を理解して受容するのでさえ難しく、哲学者の疑問を共有して自身で考えるという、哲学の根本的な習慣さえ身に付かなかったのである。
 
ともあれ、自分で大切だと思っていた一切合切を捨てた。定年退職したあとに単位を取った放送大学の数十冊の文系のテキストも含まれている。もし書物から受け取ったものが残っているとしたら、自身の血や肉となっているものしかないことになる。書棚に残したのは、山に関わる本とこれからも手に取るだろう文系の数十冊の本、そして現実の中でお目にかかったことのある詩人の詩集やエッセイだけである。
 
本は読んだ端からごみ箱に捨てるというNさんの豪快さをこれからは学びたいと思う。一切合切を捨てた安心からか、以前よりも読書量が増えてしまったのは皮肉な結果である。



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