2016.01.01 徒然草二 **一書一言**
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 徒然草は700年ほど前に書かれたといわれるが、おそろしく共感や納得のできる文章が多い。700年前というと二度の蒙古襲来があった後、後醍醐天皇の討幕の動きによって鎌倉幕府が倒れた時代のようだ。とはいっても、歴史音痴の私には、その時代がどのような時代なのかは、全くもってわからない。ただ、庶民の生活は現代のわれわれとはまた違ったドライブによって動かされていたのだろうと想像する。経済状態も思想も感覚も相当に異なっていたと思っても、そう間違いはないと考える。だが、『徒然草』は、つい最近書かれた、現代風のエッセーに見えるから不思議だ。ただ、なかには、皇族のしきたりや慣習、行いについて書かれたものは、さすがに捉えがたいが。

     当世ふうの事物の珍しいのを言いひろめているのもまた、了簡(りょうけん)が知れ
    ない。陳腐になってしまうまで新しいことを知らないでいる人は奥ゆかしい。はじめて
    の人などがいるのに、自分のほうで言い慣わした話題や、物の名などを知っているどう
    しが、ほんの片端だけを言い合って顔見合わせたて笑ったりして、意味のわからぬ人に
    不快を与えることは、世間慣れない、たちのよくない人のあいだではよくあることであ
    る。78


     寺院の称号や、その他何ものにもでも名をつけるに、昔の人は少しも凝らないで、た
    だありのままに、簡単につけたものであった。このごろでは考えこんで学識をてらって
    見せたふうのあるのは、すこぶるきざなものである。人の名でも、見なれない文字をつ
    けようとするのはつまらぬことである。万事に奇を求め、異説を好むのは、才の足りな
    い人物がよくやることだそうな。116


 特に説明をするまでもないほど、その意味が生き生きと伝わってくる。「陳腐になってしまうまで新しいことを知らないでいる人は奥ゆかしい」などとは、まるで自分のことと思ってしまい、脇腹をくすぐられているような感じである。
 先日、ある人のお通夜に出掛けた帰路、久々に首都の地下鉄に乗った。車内は、立っている人がないほど空いていた。何気なく乗客を見渡すと、驚くほどにみなスマホの運転に熱中しているのだった。少し以前であれば、居眠りをしているか、イヤホンで音楽を聞いている人が多かったと思うが、今やスマホである。しかも、大方の者がその運転をしている。数えてみると、自分の周りにいた10人の乗客のうち8人がスマホ人間であった。今や日常の光景だとは思うのだが、田舎に住む者から見れば異様である。ただ、向こうから見ればこちらが異様だ。スマホもせずに貴重な時間をぼんやりしているのだから。
 「当世風の事物」とあるのは、唐物という唐から入った文物や物品だったのだろう。唐物で重要だったのは、どうやら薬だったようで、「唐の物は、薬のほかはなくとも不自由はあるまい。120」とある。「唐船の困難な航海に、無用なものばかり積荷にしてどっさり持ちこんでくるのは、ばかばかしいことである。120」とも。
 若者が、意味の分からないことばを言い合い、話題に入りきれない者を馬鹿にしようとする行為に似ているのだろう。ほほえましい姿ではあるが、これを歳のいった大人がすれば、阿呆とみなされるのである。
 後者の名付けに関わる文章も、私にとってはわが意を得たりと思っているが、何せ相手が多勢なので形勢は悪い。昨今のキラキラネームの名付け現象は言うに及ばず、先日見たテレビの歌番組で知った歌芸人の名前などは、まさに兼好法師から「下種の極み」と称されるような有様である。いちいち指摘してみたいのだが、あまりに奇をてらった名前なので、記憶にも残らない。もっとも、マスコミは最近の歌芸人をアーチストと呼ぶらしい。だが、歌い手を芸術家(アーチスト)というのはいささか抵抗がある。アルチザンと呼ぶにさえふさわしくない歌い手も多くいるのだから。
 「はな」を「はる」と読ませる芸名を先日テレビで知ったが、これも命名者の無学を証明しているようで悲しい。この流儀で行けば「桜」を「はな」と呼ばせたり、極端にいえば「夏」を「あさがお」と読ませても良い訳である。
  とまあ、『徒然草』の文章は、現在の風潮に容易につながる話題は多い。それほどに、現代性を持った書物なのだが、それは何故なのかと思う。(つづく)

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