檜洞丸 丹沢山塊
2015.11.07
高橋

1000m付近から見事な紅葉が始まる














参考情報
なし


コースタイム
西丹沢自然教室9:20-ゴーラ沢出合10:1824-展望園地1080m11:1218-分岐12:08-檜洞丸12:40-分岐12:5013:16-展望園地13:5055-ゴーラ沢出合14:2836-西丹沢教室15:20


ルート図




「おや、11月だというのにこんなに蚊が飛んでいる」
 檜洞丸(ひのきぼらまる)の肩で、畦ヶ丸の南陵が伸びる屏風岩山の方角をぼんやり見ながらお昼を食べているときだった。午前中は、予報に反して晴れの天気だったが、次第に厚い雲がおおって来ていた。陽が遮られて眩しさが無くなると、蚊の飛ぶ姿がますます増えて見えるようだ。
 傍らを過ぎた登山者も、
「なんで、こんなに虫が多いの。雪虫かな」
と言いながら、木道の階段を石棚山の方角へ降りていった。
 しばらく気付かずにいたが、よく見るとそれは白い綿毛だった。あたかも、蚊柱のようにそれは見えた。黒く枯れたアザミが一面にある。アザミが、目立たぬように綿毛を吐き出しているのだろう。風がないために綿毛はいつまでも辺りを漂っている。
 私は、この「蚊柱」を目で追いながら、清々しい気持ちに浸っていた。

檜洞丸の肩から畦ヶ丸南陵の屏風岩山を望む 厚い雲が寄ってきた


「檜洞丸にしよう」
 そう思った。
 いつもは、遅くても前日には決まる行き先が、今回だけは決まらなかった。南アルプスの前衛にしようか、それとも金峰山を南陵から登ろうか。だが、天気はそう良くない。天気がはっきりしないのに、わざわざ遠くまで出かける必要はないだろう。
 朝起きると快晴だった。近くだと、西丹沢が良い。そうだ、檜洞丸にしよう。檜洞丸は、ちょうど一年前にトライした。だが、体力が続かず、頂上を踏まずに引き返した。どうしても身体が言うことを聞かず、体力の限界に気付かされて敗退したのだ。登山に勝ちも負けもない。だから、登山には「敗退」ということばは似合わない。そう思ってきた。だが、その時の気持ちは、「敗退」に近かった。
 病気の治療をしながらの登山だったが、1000mほどの高度差を登れないはずはない、登りたい。最初の登りから息が切れた。筋力ではない。胆力が足りない。急斜面では、10歩あるけば息が切れてくる。無理してもその倍がいいところだ。立ちながら幾度も休まねばならなかった。高度が稼げず、時間ばかりが過ぎた。「展望園地」を過ぎた辺りで、引き返さざるを得なかった。「敗退」だった。「山へ登ろうとした時の初めての敗北だった。何か重い挫折感があった」と、当時記している。
 最近、少しずつ体調が戻っていた。山を歩けばそれが分かる。山を登り続けるには、歩きながら疲れを解消していかなければならない。歩きながら、疲れをためずに発散しながら歩く。だれでも、自然にそうして歩いているはずだ。そうでなければ、長い時間歩くことができない。胆力が無いと、それができない。すぐにギブアップしてしまう。止まらなければ、次の一歩がどうしても出ない。
 最近は、長く歩いても疲れが溜まらない。そういう感覚があった。事実、ほとんど毎週山へ出かけている。体調が良いからだろう。「檜洞丸へ登ろう」、そうすれば体調の変化が分かるはずだ。どれだけ復調したのか、測ってみたい。ただ、失敗した時のことを考えると、少し怖い気もする。だが、昨年より悪い結果が出るとは思えない。

 「朝からくもり」の予報が、御殿場辺りでは当たっていた。だが、自然教室に着く頃には、稜線の空は青く、山肌の紅葉がくっきり見えるほど晴れ渡っていた。東沢沿いに歩き始めた。最初はツツジ新道を使わず東沢を遡行する。すでに高く上がった太陽の日差しをまともに受けて眩しい。
 ツツジ新道の最初のあの急な登りがいけない。今日は東沢を遡って、途中一気に登山道へ上がりたい。その方が楽な気がする。ただ、この東沢ルートは、登山道が数箇所で切れていた。この年、大水が出たのだろう。昨年は無かったものだ。
 紅葉の季節のためか、登山道へ上がると人を見るようになった。ゴーラ沢出合までは、緩やかな登りで快適だ。右手から朝の光が差し込んでくる。ゴーラ沢出合では、数組の登山者が最初の休息をとっている。2013年の春、このゴーラ沢の支流ヤビキ沢は、会の遡行があったところだ。その時、病気治療のために、初めて会の遡行を断念した。苦い思い出の沢である。




東沢の先に檜洞丸の雄姿が見える
東沢の登山道を遡る ところどころ崩れている


東沢の登山道を行く 朝日が差して眩しい 心も明るい
美しい原生林を抜けて登山道を目指す

ゴーラ沢出合(右手) 登山者が幾組も休んでいる 紅葉が盛り


 ゴーラ沢出合からツツジ新道は急になる。前回はこの急斜面で疲れ果て、身体の限界を知らされた。傍らにあった枯れ木を折って杖にした。少しでも、助けになるだろう。登山道の脇にベンチのある場所まで、昨年はどれだけ休んだろう。今日は、苦しいながらも、立ち休みをせずに歩くことができる。つづら折りの山道をゆっくりゆっくり上がる。確かに違う。復調は確かだ。そういう実感が湧いてくる。だが、昨年あきらめた展望園地(1080m)に着くまでは分からない。1000mを過ぎた辺りから紅葉が美しくなる。
 初めてのコルを過ぎると、展望園地は近い。展望園地に着いたのは、11時過ぎだった。何度か立ち休みをしたが、ゴーラ沢から休まずに上がってきた。確かな手ごたえを感じた。うっすらと見える富士山の頭を見ながらゆっくり水を呑んだ。



ブナだろうか黄色の葉がきれいだ
木の葉は色付き 枯葉が舞う ちょうど良い季節に登った


ところどころはっとするような風景がある
苦しい登りが続く石混じりの登山道 頂を目指してただ歩く


 緩やかに上る木道を歩いてゆくと、ブナと草地の檜洞丸の頂上だった。何組もの登山者が思い思いに昼食を採っている。北側のはずれで、遠方に見える日に照らされた沢の写真を撮った。地図を広げてみると、神ノ川支流の小洞だった。明るい錦の山肌を見せ一筋の白い線がコルに詰めていた。秋の晴れた日、陽の当たる小洞の遡行も良いかもしれない。
 頂上を踏んだら、もう用は無い。休まずに、木道を満ち足りた気分で戻った。どこか、人の気のない所でお昼ご飯にしよう。4時間はみていた登山時間が3時間20分だった。本当だろうかと思った。だが、何度計算しても同じだった。昭文社の地図に記載された標準的な時間と同じだった。



木道が平らになると頂上は近い 雲がおおってきた
傾斜が緩やかになると木道が現れる

何ということもない檜洞丸の頂上 始めて登った 感動だった


追記
 団塊の世代のグループ登山は終わったという感じがします。少し体力を必要とする檜洞丸の登山なので、そうだったのかも知れませんが、前回のミズヒ沢のアプローチでも感じたことです。鍋割山を目指す人がこのアプローチを使います。
 一時、あんなにたくさんいた団塊の世代は、今度もほとんど見ませんでした。いずれも、私が最高齢と感じました。若い人が多い。女性が多いというのが、どちらも共通する感想です。団塊の世代の登山の幕は、もうすでに八分方降ろされていると思います。寂しいことですが、時間は元に戻せない。実感です。完全に幕が降りるまで、あと二三年でしょう。それがどうしたという訳でもありませんが、ひとつの時代が終わるということです。



Home