2015.10.21 オリジナリティの喜び

 「今度どの沢を歩こうか」
と、考えることはいつも楽しい。
 歩きたい沢を探すのには、ガイドブックを開くよりは、ウェブの情報を調べる方が圧倒的に多い。沢に関するさまざま情報を調べるのには、コンピュータの力を借りるのが最も便利である。特にマイナーな沢を探すとなると、その右に出るものは無い。
 沢歩きの候補を探すのは、左様に人様の力を借りることになる。言うまでもないが、この力は、沢の遡行を記録しようとする人々があるから生まれるものである。
 情報を整理、分類して検索できるようにするという仕事を巧みにこなすのは、コンピュータの得意技であるが、この記録を残して公表しようという意欲を人に起こさせるのも、考えようによってはコンピュータの力である。記録を公表すれば、誰かの目に留まる可能性があるということによって、公表の意欲が湧き起る。
 パソコンで人の記録を見て沢を歩くのが、今では普通になっていると思うが、そういう遡行というのは、いわば人まねである。文字通り人の足跡を辿って歩くことになる。渓がどんな様子か、どこにどんな滝があって、どんな登り方をしたのか、詰めはどこを辿るのか、行く前に分かっている。現地を歩けば、ああここに大滝がやっぱりあった、大滝の高巻きは左岸からで、人が歩いた通りに無事通過できた。最後は、どの尾根のどこに辿ることができた。いわば、得られた情報通りに歩けた喜びさえそこにある。渓の楽しさを味わいながらも、他人の遡行の追体験をしている、そんな遡行が普通に行われている。
 コンピュータによって情報を得やすいということは、「人の足跡を辿る」登山が増えるということでもある。便利になるところもあるが、なにか少し物足りない感じが残る。外れのない人生を歩むように、外れのない沢を歩きたいというのは、考えてみれば同根のことかもしれない。もちろんそういう登山を否定するわけではないが、そういう登山ばかりに終始するのも飽きがくる。
 そんな訳で、最近は人様の記録を参考にしつつも、どこかに自分のオリジナリティを加えたいと思うようになっている。こういう気持ちは、ルートのないヤブ山を歩く人の気持ちと同じだと思うが、ヤブ山も情報を集めて歩くという時代であるから、「ヤブ山をやっている」と言われてもそのまま信用する訳にはいかない。
 とはいっても、全く知らない沢を歩くというには冒険が大きすぎて、躊躇してしまう。下調べをするのも大変だ。オリジナリティとはいっても、私の場合は、詰めのルートを少し変えたり、下山のルートを地形図を元に自ら考えるという程度に過ぎない。だが、このわずかな「オリジナリティ」でもそれがうまくいったときは、なかなか気持ちの良いものである。
 そのためには、地形図を見て現地がおよそどんな様子なのかをあらかじめ予測することが不可欠である。これは、そう難しいことではないので、沢を自ら歩くような人にとっては、誰でもできることに違いない。

 先日歩いたミズヒ沢は、970mの二俣から上は水も涸れ、消化試合になることが予想されていた。一般的な詰めのルートは、鍋割山の南尾根1230m(A)へ向かうようだ。そこで、水のある沢の遡行が終わったら、できるだけ早く下山したいと考えた。最近は体力に自信がないのでなおのことである。そこで、地形図を検討して、930m付近に出合う右岸の支沢を辿り南尾根1170m(B)に上がることを考えた。ただ、この支沢は、地形図よれば本流に注ぐ付近では窪の形状が認められない。断崖の滝になっている可能性もある。もし水が流れていないとすれば、それを支沢と識別できるかどうかの自信もなかった。
 地形図を見ての判断には限界がある。細部は現場で詰める他ないのである。もうひつ、右岸支流を辿る場合は、950m二俣の先にあるという大きなCS滝の登攀を試さないことになってしまうのも少し残念だった。そんな訳で、この詰めのルートは、現地で状況をみて決断することにした。


検討した地形図



 現地で状況をみると、950m二俣は明確で、右俣は三段滝で二俣へ水を落としていた。本流左俣は大きな岩を抱いたCS滝で、水は少ない。登攀意欲をそそるような滝であった。この二俣のすぐ下に左からルンゼが入っている。そのため、この二俣は、見方によっては三俣ともいえる。ただ、この左から入るルンゼが、南尾根1170m付近に突き上げる支沢Xであるかどうかは不明だった。なぜなら、地形図ではこの支沢Xの出合いは、二俣950mからかなり離れた下流、930m辺りに描かれているからである。
 なお、遡行途中に、この支沢Xを確認しようとしたが、950m二俣まではそれらしい支沢が認められなかった。



 結局、次の状況から、CS滝のある本流を詰めることにした。
950m二俣のすぐ下に右岸から入るルンゼは、支沢Xかどうか分からない。
*このルンゼには、5mほどの涸れ滝が見える。登れるかどうか不明。
*本流左俣のすぐ先には、大きなCS滝が見えている。
 CS滝を登った後は、すぐ970mの二俣になる。予定のルートは左俣だ。ここは両俣ともガレが押し出されてできたゴーロである。勾配も今までより急になってきた。だいぶ歩いてきたので、脚にも疲れが現れていた。このまま、水の無いガレっぽい涸れ沢を詰めるのは、少し辛いと思った。
 標高1000m付近で左手を見上げると突き上げる凹部が見えた。上部は急なザレが見え、登れるかどうか分からない。地形図で確かめると、支沢Xへ繋げることのできる窪である。ここで、再び遡行前のアイデアが浮かんできた。支沢Xを遡行して1080m付近の三俣を左俣へ入り、鍋割山の南尾根1170m付近へ詰めるルートである。10mCS滝もすでに登った。思い残すこともない。
 凹部により近づいて見ると、これは行けると思った。枝尾根の突き出しも見える。近づけば、より正確な判断ができる。滝の登攀などで良く経験される事実である。遠くから見て判断してはいけない。楢原さんにOKをもらって、ルート変更することにした。





 急なザレをジグザグに登り、枝尾根の突き出しに上がった。枝尾根を越せば、予測通り左手すぐに涸れ沢が見えた。降りるのも容易だ。これが、支沢Xだろう。あとは考えた通り進めばよい。5mほどの涸れ滝を登攀すると明らかな三俣に出た。ここで、支沢Xを確信した。この左俣を選べば、南尾根に上がれる。
 左俣を歩き始めて早い時期に左手の枝尾根に簡単に上がれることが分かった。前方はザレの行き止まりになって見える。ここは、枝尾根に上がった。ブッシュを頼りに急な枝尾根を上がる。見渡せばブナの葉の黄葉が始まり、丹沢の山肌には秋の気配がいっぱいだ。一度大岩に進路を阻まれるが、小さく巻くことができた。休みやすみ足を運んで、ようやく明るい尾根に出た。休んでいると登山者が次々に通る。


振り返ると山肌が色付いていた
標高1000mの左手の凹部ザレ 写真より急斜面


1080m付近の三俣 一番左を登る
枝尾根を越え支沢Xへ降りると5m涸れ滝


左俣を上がると左手に枝尾根 簡単に登れるのがいい
右に沢形を見てそのまま枝尾根を上がる 写真より急斜面

ようやく鍋割山の南尾根が見える 登山者の姿も見える


 現地での行動を思い出して、細々と書いた。現地を体験していない人にとっては分かり難いかもしれない。ここで言いたい事は、未知のルートを歩きそれが成功すれば、どんなところでも興奮と喜びが生まれるということだ。「人の足跡を辿る」のではなく、自身でルートを拓けば、遡行にまた一つの喜びが加わる。これは、なかなか気持ちの良いものである。私の突然のルート変更に付き合ってくれた楢原さんに感謝。



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