玄倉川散歩 丹沢山塊
2015.05.23

高橋(ラバーソール)
ハコネウツギ 白と紅の花弁が特徴














ルート図




玄倉林道から立間大橋を見る ミズキが咲いている 対岸が大きく崩れている 立間大橋付近




 楢原さん、覚えていますか。昨年の秋、弥七沢を歩いた帰り、立間大橋を渡った時に、「一度大橋の下の流れを歩いてみたい。」と言ったことを。大橋の下は深い谷ですが、そこには白い巨石が並び、碧い流れがその間を縫っていました。白泡を立てる流れも見えました。下流左岸には、細い流れでしたが、高い滝も見られましたね。両岸の緑は、秋の色を加え始めていました。

 その深い谷を、昨日歩いてきました。現地までは、車で1時間15分ほどでした。近いです。いつもそう思います。「これなら毎週出かけてもいいな。」そんな風に思える距離です。実際10年ほど前は、毎週通っていたのですから。今思えば驚きですね。
 駐車箇所は、立間大橋の少し上流側で、弥七沢を歩いた時と同じ場所です。季節が良いし時間も遅いので、もう空いてないと想っていましたが、停められました。まだ、小川谷廊下を歩く人は、いないのかも知れませんね。とは言っても、帰りに寄ったその上の大駐車場は、車でいっぱいでしたから、ユーシン方面へ向かった人はたくさんいたのでしょう。ついでに言っておきますが、仲ノ沢林道の立間大橋手前のゲートは開いていました。今なら、小川谷廊下へは、入渓点まで車で直行できます。看板によれば、6月いっぱいまではゲートが開いているようなので、廊下に人が集まるのはこれからなのでしょう。
 立間大橋の下の谷は、とても深いです。地形図をみると30mはありそうです。流れは、大橋の先でS字に曲がり、その上流には大きな堰堤があるようです。堰堤の手前は両岸が絞られ、急峻な谷を見せています。ひょっとしたら、ここには豪快なゴルジュが待ち構えているかも知れません。そんな楽しみを持って出掛けました。
 さて、この深い谷へはどこから降りるのか、それが問題です。地形図を見ると、立間大橋前のゲートを玄倉集落の方へ100mほど戻れば、急に谷の傾斜がゆるむのが分かります。ここだな、と思いました。案の定、緩やかな斜面が展開し、ヒノキ林が玄倉川のほとりまで続いていました。久々に谷を歩ける嬉しさに、わくわくしながら間伐材の間を縫って降りていきます。やがて玄倉川の流れが見えました。河原は折からの日差しで白く照りかえっています。「あー、また玄倉川へ来たんだな。」そんな感激が、全身を満たしました。
 でも少し変ですよね。こんな小さな川の、「普通の流れ」にそんなに感激するというのは。何か自分でも不思議に思うのですが、身体がそう反応しているのですから、仕方ありません。今に始まったことではありませんが、玄倉川の流れには、深く囚われる何かがあります。それが、自分に特有なものなのか、それとも他の人々にもそう思わせるものがあるのか、それは良く分かりません。
 玄倉川へ降り立つと、眩しい光が差していました。でも、夏の日差しではないので、まだやわらかな光です。玄倉川は、上流にダムができ、その下流には大きな堰堤がいくつも造られて穏やかなやさしい流れに変わっていますが、原始のままの玄倉川はどんなに魅力的な流れだったのでしょう。そんな玄倉川を歩いてみたかったと、いつも思います。今の玄倉川の一部にも、当時を思わせる谷はあるのですが、何といっても水の量が少ない。玄倉川の原始の姿を見るとすれば、ダムの放水の時でしょうが・・・・。ユーシンに至る玄倉林道が拓かれたのは1954年(『丹沢今昔』ユーシン 平成16年有隣堂)というので、原始の玄倉川に会うには60年も遡らなければなりません。遠い昔です。

玄倉川の清流 また玄倉川にやってきた 河原は日差しで白く照り返して明るい


 歩き始めると、小さな滝がありました。ほんとに小さな滝ですが、岩の創り出した段差を落ちる水の流れは美しい。勢いよく落ちる水のつくる白い泡と釜の青、この動と静の創り出すコントラストが、濡れた岩の前に展開されます。河原には真っ白な巨石が散在し、両岸は眩しいばかりの青葉です。
 玄倉川の水がきれいなのはなぜなのか。いつも不思議に思っていましたが。今この流れを見て思うのは、川底がすべて小石で埋め尽くされているということでした。泥が見えない、土が見えない。河原は岩か石でおおわれているので、水が濁りようがない。流れを透して川底の砂利が見えるので、水がいかにもきれいに見える。そういうことなのでしょう。
 玄倉川の流れが右に曲がると、いかにも大きな立間大橋の赤い橋脚が見えます。沢の上に人工物が見えるのは興ざめですが、この大橋はそう見えないので不思議です。たぶん、あまりに高い位置にあるので、視界の邪魔にならないというのが理由でしょう。大橋の下の河原も、巨石と碧い流れが続きます。じきに、左手から小川谷の流れが出合います。平凡な流れですが、大きな石のゴーロなのは、玄倉川と変わりません。流れる水もきれいです。いつか、この小川谷も歩いてみたいと思います。この谷は、沢に興味を持ち始めた頃、20年も前に歩いたことがありますが、堰堤が多くなかなか苦労します。それでも、歩く価値は十分にあると思いました。その頃は釣り人がちらほら見られましたが、今はどうなのでしょう。
 ところで楢原さん、昨年の秋の遡行の時に、「小川谷廊下の出合いには山荘があった。」と言ってしまいましたが、この出合いとは、「小川谷の出合い」のことで、「廊下」の出合い(穴ノ平沢との合流部)のことではないということが分かりました。「小川谷の出合い」とは、玄倉川に小川谷が落ち合うところでした。
 奥野幸道さんの『丹沢今昔』に、次のようなくだりがありました。

「丹沢黒部」とうたわれる玄倉川に合流する小川谷は、中流に石英閃緑岩の磨きぬかれた素晴らしい廊下(岸壁で両岸がせばまった所)を形成し、豪快な沢登りが楽しめる。玄倉川に合流する出合いには、白銀に輝く中洲があった。(中略)
 小川谷との再会は、昭和二十九(1954)年の八月だった。白銀の中洲には養魚場ができ、外川さんという方が管理していた。近くには小川谷山荘が建てられ、西丹沢岳人会が運営していると聞いた。しかし、養魚場も山荘も、いつの間にか消えてしまった。(『丹沢今昔』小川谷出合 平成16年有隣堂)

 奥野さんのいう玄倉川に合流する「出合い」とは、まさに立間大橋の付近ことで、きょう今歩いたこの辺りのことです。奥野さんの同じ記事には、次のような記述もあるので、この辺りを玄倉川の景勝とみていた人たちが居たということを示しています。去年の秋、この辺りを歩いてみたいと思った自分の審美眼も、まんざらではないと思ったのでした。

 天幕をのせてずしりと重いキスリングザックを担ぎ、小菅沢の大きな吊り橋を渡り、玄倉の集落を右に見て玄倉川沿いの林道をゆく。昔集落があったという白井平を過ぎ待望の中洲(小川谷出合い)に下り立った。
 天幕を張ると、砂にはまだぬくもりが残っていた。流木を集めて、夕食の支度。戦地にゆく身にとっては、最後の素晴らしい一夜だった。 (『丹沢今昔』小川谷出合 平成16年有隣堂)


こんな玄倉川が始まる 日差しが眩しい
小さな滝でも美しい


巨石の間を白泡を立て勢いよく水が落ちる
緩やかな流れの先は両岸が迫る


小滝を造りながら巨石の間を水が滑る
立間大橋 巨石の間の碧い水


白く照り返す巨石 澄んだ流れが続く
この先で沢は左へ曲がる どんな景色が待ち受けているか

 小川谷の出合いを過ぎても巨石のゴーロは続きますが、沢が左へ曲がる辺りで穏やかで美しい平瀬になります。小砂利が一面に敷き詰められた平瀬です。水の音が聞こえなくなるほど静かです。その分、青葉のさやぐ音や小鳥のさえずりがはっきりと聞こえます。こんなところに寝転んで何時間でも横になっていたい。そんな河原です。巨石のゴーロも心躍らせますが、こういう静けさも玄倉川の魅力です。
 沢が左へ曲がるとまた大石のゴーロになりますが、大橋下で見られた巨石はもう見られなくなります。比較的平凡なゴーロです。ですが、水は相変わらずきれいです。沢が大きく右へ曲がる手前でまた小砂利の平瀬が現れます。ここの平瀬もまた見事です。一様の大きさの小砂利が敷き詰められ、そのうえを澄んだ水が静かに流れています。川底の小砂利の、その一個一個がきれいに見えます。両岸には緑が迫り、右岸の露岩が白く陽を照り返しています。

 沢が大きく右へ曲がると遠くに二段の堰堤が見えてきます。水がすだれ状に落ちなかなかきれいです。堰堤が玄倉川の景観に幾分かは調和している。そんな感じがしました。地形図では、堰堤前の谷が絞られていたので勇壮なゴルジュを期待しましたが、その期待は裏切られました。何でもそう思い通りにはならないものです。一段目の堰堤は5mほどですが、左右とも弱点は無く上がれそうにありません。


沢が右へ曲がる手前で静かな平瀬になる 小砂利がきれい
沢が左へ曲がる 美しいゴーロが続く


沢が大きく右へ曲がると堰堤が見えてくる
二段の堰堤 両岸狭まるがゴルジュは現れない


すだれ状に水が落ちる 下部は石積みの堰堤
堰堤は上がれそうにない

 堰堤の両岸は急峻で巻くことはできません。ただ、100mほど戻った左岸に傾斜のゆるむ場所があります。少し登るとカーブミラーが見え、はっきりと目標を捉えることができます。林道へ上がり流れを望むと、堰堤は三段であることが分かりました。下から、5m、3m、10mといったところでしょうか。10mの堰堤はとても登れそうにありません。
 林道を歩くと数分で、河原へ降りる道路のゲートがあります。ここから、苦労せず堰堤の上へ降りられます。広大な河原です。昨年の11月、楢原さんとこの左岸にテントを張りましたね。玄倉川小沢と山神(さんじん)経路を歩く前日、前泊したときのことです。11月末だというのに、暖かで静かな一晩を過ごしました。焚き火を見つめながらいつまでも語らいましたね。今では何を話したかすっかり忘れてしまっていますが、とても豊かな一晩だったと記憶しています。あんなに心豊かになった野営は、昨年6月に山崎さん、大橋さんと囲んだ笹ノ沢二ノ沢の焚き火以来だったと思います。どちらも、さやとも風の吹かない日でした。
 あの晩の夕暮れの記録です。


 闇の広がりは、まず樹木の生える両岸に訪れ、しばらくして広い河原を舐めていく。両岸に挟まれた空はまだほんのりと白い。やがてこの白い空にも薄い闇が広がり始め、本当にゆっくりとその濃さを増していく。
 焚き火に炎が立ち、我々の顔を照らし始めた頃、頭上に瞬くものが見える。このときの空はまだ仄白く、闇が支配するのはまだ先のことだ。星の瞬きが徐々に増し、天空の大部分が星という星に埋め尽くされたときに、ようやく空に漆黒の闇が訪れるのだった。日没の時刻から数時間は経っていた。カシオペア、ペガスス、オリオン。
 闇の移ろいとともに、少しばかりの肴に杯を重ねると、いよいよ炎もそのゆらめきを増す。辺りが闇に包まれた分だけ、視線は自然に炎の動きに吸い寄せられる。焚き火の炎を見つめる眼は、おそらく原始の眼だ。
(「沢の風と空」2014.11.22 玄倉川小沢)


広い段丘を降りて行くと河原に出る
去年テントを張った広い河原 焚き火の跡があっ

 去年の焚き火の跡がまだ残っていました。去年、薪を集めるのに苦労したことを思い出します。ここをテン場とする人が他にもいるのでしょう。幾つか火の跡が残っています。広い河原です。遠く上流まで見渡す限りの河原です。川幅は100mはあります。上流の対岸に黄色い花を付けた群落を見つけました。何だろう。派手な黄色で、見たこともない雰囲気です。
 今日は、去年のキャンプ地を見て帰ろうと思っていましたが、黄色い花を見たくなりました。広い河原を渡ると黄色い群落が近づいて来ます。見たことのない花でした。葉っぱは、ねむの木に似ています。が、花が全然違います。黄色いランのような派手な花です。後で調べると、「ジャケツイバラ 蛇結茨 日当たりの良い山野や河原に自生し、他の樹木に絡んで育つ」とありました。どうやらつる性の樹木です。
 ちかくの木陰で弁当を広げ、広い河原を見渡しながら食べました。そして、しばらく水の音と小鳥のさえずりを聞いて、まどろみました。至福の時間です。


右岸に黄色い花の群落
小砂利の上を静かに流れる玄倉川 水は少ない


黄色い房が上を向いて咲いている
ジャケツイバラ 黄色い派手な花 初めて見たような気がする

 長々と書きました。だらだらとした文章、読むのも疲れると思います。もうこの辺で筆を置くことにします。
 今日は一人で出かけましたが、楢原さんが良ければ、いつか玄倉川を散策しませんか。以前のように前泊できればベストです。健康な沢屋からすれば、遊びのような子供だましような沢歩きです。そのうえ、体調を見ながらの決行なので、予定が立ちにくいのが欠点です。今は、ひとと約束をして沢へ出掛けるのが難しい状況なので、もう少し落ち着いたらメールします。お付き合いを頂ければありがたく思います。では。



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