2014.04.30 西丹沢の沢を巡る


 4月、5月に歩く沢を探すのはなかなか難しい。まだまだ残雪の時季なので雪の多い地方の沢は選択できない。低山の沢を選ぶことになる。東京近郊で低山の沢といえば、奥多摩や丹沢がすぐに思い浮かぶ。だが、私の住む地方から見れば、奥多摩はちょっと遠い。現地までの往復の時間を考えると、奥多摩は日帰りの沢の対象にはならない。奥秩父の沢はまだ早いし、勢い丹沢に歩く沢を探すことになる。だが、沢を何年も歩いているとあらかた主だった沢は歩いてしまうので、さらに選択対象は狭くなる。すでに刈り尽くした田んぼから稲穂を刈るようなものだ。
 5月連休の時季には、丹沢の沢でも雪が残っている場合がある。2010年に歩いた矢駄沢では残雪のために途中撤退し、エビラ沢では上流部の雪渓に苦しめられた。4月、5月はやはり雪の残る春山を歩いたり、山スキーが良いのだろうと思うことがある。とはいえ、春山も山スキーもやらない私は、水が温み始める4月には沢が恋しくなる。丹沢の4月はミツバツツジが咲き、5月には新緑が開く。谷に水が流れ、樹々が淡い緑の葉を広げ始めると、待っていた沢の季節がやってきたと感じる。

 すでに刈り尽くした田んぼから稲穂を刈るようにして探したのが、水晶沢雷木沢であった。大きな沢ではないが、こんな味わい深い沢があったのだ、というような思いだった。どちらもモロクボ沢の左岸支流である。今年は、同じ滑棚沢を歩いた。滑棚沢は1km足らずの沢だが、モロクボ沢本流の大滝から始まる連瀑帯と絡めて歩くことになるので、満足感は大きい。2008年、2012年に歩いた水晶沢は標高900m付近で二俣となる。右俣は歩いていないが、比較的早く水が涸れてしまうようなので、歩くなら左俣が良いと思う。そういえば、最近のウェブ情報では、我々が歩いた左俣の情報が多い。
 水晶沢の支沢、キメ岸沢も短い沢だが、いつか歩いてみたいと思う。ナメのきれいな沢のようだ。水晶沢を歩いた時に、キメ岸沢の出合から緩やかなナメ滝F1を上がり、15mほどの大きな滝を仰いだ記憶がある。キメ岸沢を歩けば、モロクボ沢の左岸の支流はあらかた歩いたことになる。モロクボ沢の左岸支流といえば、標高990で分岐しバン木ノ頭付近に詰める沢もぜひ歩いてみたいと思う。水は少ないようだが、ナメ滝の続く癒しの沢のようだ。この沢には、名前が付いていない。2012年に「その空の下で。。。」のヒロタさんが歩いている。





 モロクボ沢の上流部は標高990m、標高1030mで二俣になる。その先で沢は、さらに複雑に分岐する。本流はどれかと考えれば、畦ヶ丸山の北西500mに「モロクボ沢ノ頭」があるので、この頭に詰める沢が本流ということなのだろう。この沢は、『西丹沢頂稜河川土地名称図』によれば清水沢と名付けられている。この沢が、標高1030mで二俣に分かれる右沢だが、左沢は酉ノ沢と名が付されている。この酉ノ沢は、2002年の秋にモロクボ沢の詰めで歩いたことがある。独りで丹沢の沢を歩き始めた頃である。今では細かいことは忘れてしまったが、沢が複雑に分岐する詰めでは、さぞや心細かっただろうと思う。その時の古い記録を見ると、詰めのルートが明らかになってくる。畦ヶ丸山を直に詰めたのではなく、畦ヶ丸山から200mほど善六ノタワ寄りの稜線に上がっていたのが分かる。おそらく、現在地が正確に捉えられないため心細くなり、少しでも早く稜線に出たいという心理が働いたためだろうと思う。沢を歩き始めた頃のことを思うと、なぜか感傷的なってしまう。


 モロクボ沢の右岸支流には、遡行に魅力を感じる沢は無いように見える。塩地窪ノ頭に突き上げるショチクボ沢は、どうやら早く水が涸れてしまうので遡行には向かないようだ。右岸支流の中で最も重要なのが、善六ノタワへ詰め上げる越場ノ沢だ。この沢はモロクボ沢の左岸支流を遡下降した時の下山ルートに使うことができる。善六ノタワから西沢沿いの登山道を下がれば自然教室へ、バリエーションルートを辿ればモロクボ沢本流出合や用木沢出合へ降りることができる。越場ノ沢は、先日滑棚沢を歩いた時に覗いたが、水の少ない沢だった。だが、西沢とモロクボ沢を結ぶルートとして考えれば、無理なく歩ける沢であればそれで充分だろう。
 越場ノ沢とバリエーションルートを使えば、中川川右岸の三大支流、大滝沢、西沢、モロクボ沢を繋いだ遡行ルートを考えることができる。丹沢の沢といえば日帰りの沢と考えるが、この遡行ルートは、沢にビバークをしながら中川川上流右岸支流を跨ぐ沢旅となるだろう。大滝沢本流(鬼石沢)やその支流のマスキ嵐沢、西沢支流の下棚沢本棚沢そしてモロクボ沢の左岸支流群を結べば、思いのままにルートを選ぶことができる。


ルート図



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