2014.02.09 南国の大雪


2014/02/08午後 家の窓から見える雪景色 めずらしい


 40年ほどこの辺りに住んでいるが、初めて経験する大雪だった。東京では、45年ぶりの大雪だという。元々寒い地方の出身なので、雪に驚くことはない。だが、今度の雪の嵐には驚いた。確かに、前日から大雪注意報が出ていたが、何のことだろうと思った。この東海地方には、どう考えても「大雪」注意報は似合わない。おそらく、山間部のことだろうと思った。夜半から雪は降り続けたが、いつものように正午になっても暖かい地面に融け、積もる様子はなかった。だが、午後二時頃から地面や道路が白くなり始めると、瞬く間に雪が積もり始めた。とはいっても、しばらくそれに気づかずにいた。
 遊びに来ていた娘夫婦が帰ると言うので外を見たら、道路も車も雪が被っていた。我が家の玄関先は、団地の坂になっている。20年ほど前の大雪にこの坂を車が登れなかった覚えがある。もちろんスタッドレスタイヤなど履いていない。FFの仕様だ。これは大変だということになって、あわてて娘たちは身支度を整え車に乗り込んだ。5歳と1歳の孫も一緒だ。
 慌ただしく見送ってやれやれと思ったら、娘から電話が入り、「車の運転は難しい。車を置いてタクシーで帰る。」という。「えー、幹線道路に出れば雪も融けていて問題ないだろう。」そう思って車で帰ったほうが良いと助言したが、車は明日取りに来るという。雪も風もますます強くなってきた。外に出ているだけで凍えてしまいそうである。
 我が家へまた戻って来た娘夫婦は、近くのタクシー会社へ電話をかけた。だが、繋がらない。いくつかの会社を調べて電話したが不思議にどこへもかからない。ただひとつ繋がった電話は、「雪のため営業していない。」と応答した。それではバスしか無い。そう決断して、バス停までは歩くことに決めた。だが、念のため運行の様子を調べよう。タクシーのように運転していないとすれば、寒いバス停で子連れで待ちぼうけになる。電話した。うまい具合に繋がって状況を聞くことができたが、「午後三時から運休している。」という。
 現在は、午後四時だ。この辺りでようやく、状況が理解できた。タクシーもバスもおそらくは電車も動いていない。娘夫婦たち四人は、歩いて家に帰るという。しかし、5kmもある雪道を5歳の孫の手を引いて、1歳をおぶっては帰れないだろう。だが、「家の四駆で送るから。」という案も聞いていながら。何とかなると、雪支度もしていない夫婦と孫は、吹雪の中へ飛び出していった。昨年身体を壊したという私への配慮なのだろうか。そう遠慮してもらってもこまる。娘夫婦を見送りに外へ出ただけで、異常な気象であることが分かる。雪の嵐だ。街の中を歩くとはいえ、風の強い冬山の稜線を歩くのに近い。家まで辿りつけないだろう。そう思った。
 どうせ途中で弱音を吐いて、歩いて帰るのをあきらめるだろう。と思いながら、車を出して追いかけようと考えた。四駆のSX4だ。山歩きのために買った車だが、今まで四駆をろくに生かし切れたことがない。玄関前に降り積もった雪を掻き分け、前の車を出して、SX4の雪を除けるのに20分は手間取った。だが、子連れの夫婦はそう遠くまで歩いていないだろう。すぐ追いつくはずだ。しかし、この判断は甘かった。四駆のSX4は、ノーマルタイヤでありながら、シャーベットの雪道を快適に駆ける。だが、四人の姿がなかなか見つからない。
 幹線道は、思ったよりも車が走っている。だが数は少ない。歩いている人はさらに少ない。見つからない訳がない。まずは駅へ向かうはずだからこちらだ。だが、徒歩なので、こちらの近道を選んだかも知れない。探しだすと切りがないほど、帰路の選択肢の可能性が膨らむ。それにしても、忽然と何処かへ消えたように四人の足取りが途絶えた。日は暮れかかっている。早く探さなくては、四駆とはいえこれから凍り始める道路では、制御できないだろう。いくら、娘の携帯へ電話してもつながらない。可能な限りは探したが、見つからなかった。諦めきれなかったが、家へ戻った。
 どうしたのだろう。考えられる限りの帰路は探したが、見つからない。どこへ消えたのだろう。心配していると、娘から自宅へ電話が入った。無事家へ着いたという。途中、避難したコンビニで偶然に友人に遭い、車で家まで送ってもらったという。その車は、スタッドレスを履いた雪道仕様だったとのこと。コンビニは我が家から1kmほどにある。その店の通りは当然探したが、店内に入っているとは想定していなかった。探せなかったのは残念だったが、無事帰っていれば何もいうことはない。

 街の中で冬山遭難するのではないか、という冗談ではない心配はこれで終りだ。だが、この異常な気象で、我が東海の地方都市は機能が完全に麻痺した。夕刻、救急車の音は鳴りっぱなしだった。たった15cmの雪のために。バスも電車もあっさりと運休して、最後の砦となるはずのタクシーもあっさりと帽子を脱いだ。一般の車が苦労しながらも運転しているのにである。やむを得ず移動しなければならない者は、自らの足で冬山を歩いた。以前は、バスもそう簡単には、運休しなかったという記憶がある。重たいチェーンを積んでいて多少の雪は走る。運休を知らない乗客が、雪の停車場で待っていると考えれば、勝手に運休はできないだろう。タクシーもなければ、本当に急を要する人々はどうしたのだろう。
 携帯の音は小さく聞こえなくなる。通話が集中したためだろうか。雪で動けなくなった車は、放置せざるを得ない。そのため、道路はますます混雑する。道路は狭くなり事故が起こる。人は雪に転ぶ。麻痺が始まると、とことん何も役立たなくなる。そんな教訓を与えてくれたのが、今度の大雪だった。50年に一度という雪だったので、あえて昨日の慌てぶりと心境を述べておこうと筆をとった。
 そんな大雪だったが、次の昼間には暖かい日が差し、市道の雪は大半が融け、箱根へ向かう1号線は除雪された。もう生きている間には、この東海の街でこういう雪を見ることはないと思う。




同山中城跡 すっかり雪を被っている
次の日、箱根峠の途中にある市の史跡、山中城跡 珍しい雪景色


雪の中に見事なアオキの実が光る
風も強かった 杉の葉が千切れて落ちていた

箱根へ向かう1号線 除雪されている


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