富士山の散歩 富士山宝永火口
2013.08.04

高橋

静かな御殿庭 白い地衣類が生えている














コースタイム
宝永火口入口09:40−分岐1・10:00−分岐2・10:03−御殿庭中10:22−御殿庭上10:35〜54−第二火口縁11:16−分岐2・11:31−分岐1・11:37−宝永火口入口・12:03

富士山雑景
 それにしても外国人が多い。「散歩」の帰りに、五合目を歩いた時の感想だ。とは言っても、たいがいがアジア人だ。韓国、中国、東南アジア、インド、そんな感じだろう。韓国人が異様に多い。先日の中央アルプスの遭難でも、韓国人登山者の日本もうでのニュースが語られていた。世界遺産登録の影響で増えているのは、国内の登山者よりもアジアの外国人かもしれない。「フジヤマ」のブランドに憧れた結果なのだろう。

 富士山のシーズン40万人という数値は、ある意味歓迎すべきことかも知れない。逆説的な言い方になるが、富士山がそれだけ多く人を集めているということは、他の山域への登山者を減らしているということになる。例えば、国内第二の高峰である北岳の登山者はどうだろう。北岳の山小屋と幕営地の収容人数から割り出すと、北岳の一日の登山者数は、500人が限度だろうと思う。これは、富士山登山者の十分の一か二十分の一に相当する。富士山に登山者が集中するおかげで、相当近い距離にある南アルプスは「静かな?」登山が楽しめるということになる。
 とは言っても、40年ほど前に白峰三山を登山したときは、広河原に野営する者も数えるぐらいで、せいぜい10人居るかいないかだったと思う。大樺沢を登っていても、人に会うのは稀な時代だった。時には、大樺沢の雪渓にゾンデ棒を刺して歩くグループがいたりしたが。現在の「ブランド志向」の富士登山の隆盛をどう見るかと問われれば、「嘆かわしい」としか言いようがない。なぜなら、「ブランド志向」というのは、登山の思想から最も遠いものだからである。そういえば、某高齢登山者がこの「ブランド志向」を貫いて「称賛」を浴びていたが、そういうものには無縁でありたいと思う。

世界遺産
 今、富士山が暑い。いや、熱い。言うまでもなく、「世界遺産」に登録されたからだ。我が地元、静岡県は、富士山に沸いている。おかげで、今年の夏の登山者は、40万人を超えるのではないかと言われている。40万人とは驚くべき数値である。夏の二ヶ月に40万人だから、平均で毎日7千人近い人が、ひとつの頂上目指して登るというのだからすごい。休日には、1万人を超える人が頂上を目指すのだろう。
 夏の富士登山は、苦しいだけで楽しいことの少ない禁欲的な登山である。ひとつに夏は、富士山の高所に雲が発達しやすく、頂上からの展望が開けないからである。夏の間は、私の住んでいる静岡県の富士山麓から、富士山の頂上が見えることはまず無い。今年、頂上が見えたのはまだ一日も無いぐらいである。夏の富士登山で、展望を期待してはいけない。また、富士登山で、山の美しさを期待してはいけない。なぜなら、大方の登山者は、5合目まで車で上がるので、富士山の美しい樹林帯を素通りしてしまうからだ。みんなが歩く登山道は緑がなく、ほとんどが不毛な砂礫の土地である。乾いた砂礫を踏みしめ、砂塵が舞う足元を見つめて、黙々と頂上を目指して歩く。この富士山の特殊な事情を知っているひと達は、夜から朝にかけて登山道を歩き、日の出時刻に頂上に着くように歩く。御来光を狙うのだが、その幸運に恵まれるのはわずかだろう。はなから、登山の楽しさを捨てているのである。ただ登って頂上に足跡を残して帰って来る禁欲的な登山、これが今も昔も変わらない富士登山の姿である。

富士宮口五合目
 久々に富士山を歩きたいと思い、このところ天気予報を注視していたが、全く天候が安定しない。ちょうど、まだ梅雨が明けない天候が続いている感じだ。「二三日後に晴れる」というような天気予報が毎日続き、結局、いつまでも晴れない日が、ダラダラと続いてきた。「晴れたら富士山に行こう」と思いながら一週間も待った。結局しびれを切らして、天候が不安定な日に出掛けることにした。
 自宅から富士山二合目、水ヶ塚駐車場まで一時間ぐらいだ。マイカー規制をしているので、ここに車を置いて、シャトルバスに乗り換える。隣の席を開けてくれた寺島しのぶに似た女性と会話を交わす。岐阜県から来て、今日中に頂上を目指すようだ。4月に山小屋を予約したという。最も天候の安定する8月初旬に狙いを定めたのだろうが、今年の天候はいつもとは違う。幸運を祈って5合目で分かれる。バスから降りる乗客の殆どは頂上を目指すのだろう。下り方向に歩き出したのは、自分だけだった。今日は、5合目までバスで上がり、その後、宝永山第三火口付近の「御殿庭」を歩くのが目的だ。題して「富士山の散歩」。富士山の魅力は、5合目の下にある。20年ほど前に、そう教えてくれたのは、40年近く勤めた会社の先輩だった。それからは、頂上を目指したことはない。これからもそうだろう。


ルート図





富士山の散歩
 五合目の舗装道路を東へ移動すると宝永第二火口への入口がある。第二火口の見える分岐1まで、高度を変えずに続くトラバース道がある。この入口に来ると、もう富士山へ登る登山者は一人もいない。静かなところである。ここは、宝永山登山の入り口にもなっている。この登山道入り口を入ると落ち着いた原生林となる。空気がひんやりとして来るのが分かる。五合目付近の猥雑さと比べると別天地だ。が、今日は人が多い。引率された大勢の子供達とすれ違った。夏休みの行事で宝永山の登山を企画したのだろう。ひと通り子供たちとすれ違った後は、再び静寂が訪れた。ここから先は、御殿庭を回って戻ってくるまで人と会うことはなかった。


富士吉田口五合目のバス停 一人だけ下の方へ歩く

意外にも多くの子供達とすれ違った 斜面に生える樺の樹の曲線が美しい

こんな枯れた景色も 地面には草が生え カラマツの緑が鮮やか


前方が明るくなってきた
分岐1が見える この先が第二火口だ


 原生林を抜け明るく開ける分岐1まで来ると、上に宝永山と第一火口の巨大な壁が見える。この噴火口の高さは600mにも達するという。今日は上部にガスがかかっていたのでその全容を仰ぐことはできなかった。それにしても桁外れに大きな火口だ。宝永山の頂上付近、そしてその途中の登山道に人の列が小さく小さく見える。人間のスケールが小さ過ぎて、写真に撮っても、その姿が捉えられない。

手前が第二火口 前方が第一火口 右手がが宝永山2698m 自然の創りだした曲線が美しい


複雑な標識 前方が宝永山
第二火口の底 曲線は第三火口との境界線


 第二火口を左手にその上部に宝永山を見ながら第二火口縁に沿って下ると、すぐに分岐2へ出る。そのまま御殿庭中の方向へ下がる。しばらくは砂礫の滑りやすい斜面だが、再び樹林帯へ入ってゆく。シラビソやカラマツの生える低木の原生林だ。今日はガスがかかってその美しさは今ひとつである。地面のところどころに灰白色の地帯類が生えている。30分も掛からずに御殿庭中の分岐に着く。
 この分岐から東へ向きを変え、「第三火口」のある「御殿庭上」を目指す。倒木とその間から生える樹木の原生林が美しい。樹木の間には白っぽい地衣類が生え、独特の景観を作り出している。この生と死とが混交する様を「御殿庭」というのだろうか。5分ほど歩くと突然視界がひらけ第三火口が現れる。ここから地衣類の着いた岩の転がる斜面を息を切らせて登ると、じきに「御殿庭上」の分岐に出る。この辺りが、森林限界だ。目の前には第三火口の釜とその斜面に点在するイタドリの群落が見え、これまた独特の景観を見せている。宝永山と第三火口の縁が創り出す巨大な幾何曲線を見ることができる。


分岐2を下がって再び樹林帯に入る
カラマツの低木

地衣類が木に絡みついている

原生林 倒木の間から生える樹木 先が明るくなってくる


第三火口が見えた
第三火口の先に宝永山が見える

岩の表面に黄色い地衣類が付いている 御殿庭上 火口からの強風に曲がった樹木


 バスを降りてから一度も休まず降りてきた。もう身体はかなり疲れている。第三火口を見ながら休憩することにした。持って来たサンドイッチを食べ、ジュースを飲んだ。想像を超える大きな自然の中に、一人座って風の音を聞く。時々ガスが晴れて火口の形が、宝永山が現れる。これから登り返そうとする火口の斜面にトラバース道が見える。
 御殿庭上から第三火口の斜面を上る登山道は、到達点が見えているにもかかわらず、なかなか足が進まない。今日はリハビリのつもりだが、それにしてもこの体の重さ、心臓の鼓動はどうだろう。一歩一歩、歩数を数えながら登り、そして休息するという始末だった。胆力がない。とは言っても、休みながらでも、第三火口の縁に立った。ここからは、第一火口と第二火口の創り出す美しい曲線が拓ける。雄大な宝永火口を見ながら分岐2の岩場をめがけて上がる。ここは、最後の胸突き八丁である。



第三火口の底 樹木が生えている
第三火口の上縁と分岐2(左のピーク)を仰ぐ 分岐2のピークまで登る


イタドリ 高所のため背は低い 赤と白の花がある
北を見れば宝永山


第三火口の急傾斜
第三火口の縁はもうすぐ 分岐2の岩場が見える(ピーク)


分岐2の岩場 最後の急登だ
手前第二火口 前方第一火口



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