三島宿−箱根峠 箱根
2013.03.31
高橋

菜の花がいっぱい











 旧東海道を歩いた。正式な名は「箱根旧街道」というらしい。今回は、昔の言い方をすれば、三島宿から箱根峠まで歩いた。我が家は、箱根の登り口に位置するので、箱根山麓といっていも良い。今は箱根西麓という言葉が使われている。箱根の静岡県側の山麓である。今日の天気予報は、曇り時々雨のような、しまらない予報だったが、薄日が差してきたのでもう雨は降らないだろうと出掛けた。

 箱根八里は、三島宿から箱根宿までの四里、箱根宿から小田原宿までの四里をいう。国道1号線が走っているので、旧東海道は分断されているが、ほぼ1号線を通らずに箱根峠まで歩くことができる。三島宿から箱根峠までは3里ほど、ほぼ12kmだ。箱根宿は箱根峠の先、芦ノ湖に降りたところにあったようだ。関所の手前だ。
 石畳の旧東海道は、きれいに補修されているところと、昔のままに放置され石組みの乱れているところがある。箱根峠に近づくにつれ壊れている箇所が多くなるが、かえってそれが往時を忍ばせて趣がある。暖かな季節になったので、箱根峠から降りてくる人が多いだろうと思ったが、ただ一人と挨拶を交わしただけだった。よく考えて見れば、今日は3月31日。明日からは新年度が始まる。そんな年度の変わり目に、のんびりとこんな所を歩く者はないのだろう。だが、おかげで静かな散策ができた。
 三島宿から山中城址まではなかなかの登りで、体力を使う。山中城址の先から峠までは、ややゆるやかな登りになるのでけっこう飛ばせる。しかし、きょうはいつもの様にせかせか歩かずに、石畳をしっかりと踏みしめるように歩いた。さすがに箱根路だ。臼転ばし坂、題目坂、こわめし坂、上長坂などと、本当に坂の名前が多い。峠まで、いくつの坂の名があるか、数えてみようと思ったが、途中でやめた。こわめし坂というのは、米を担いでこの坂を登ると、「登る者の汗と熱気で米が蒸れてこわ飯が炊き上がる」というからおそろしい。


「箱根路」の石碑を左へ 右は1号線
錦田の一里塚 三島宿を出て最初の塚 こんな石畳が続く


箱根山麓から南を望む 今日はぼんやりと沼津アルプスの山並みが見える
臼転ばし坂 だったかな?

ムラサキケマン 温かいのであわてて咲いた 街道の端に猫がのんびり


箱根山麓 南側の風景 のどか
何坂だったかな?

山中城址手前の杉並木


山中城址 1号線を挟んで南北に史跡が分かれる 日本百名城とあるが
出丸御馬場跡とある ここで昼食 誰もいない


 そういえば、歩いている途中で、「日本一の吊橋」を建設中、というのがあった。これが近所で噂されていた「無用の吊橋」なのだろう。吊橋といえば、普通は川を渡ったり、谷を渡ったりという立派な目的があるはずだが、この吊橋はどうやら違うようである。なにしろ、箱根西麓には、吊橋が必要な川も谷もどこにもないのだから。いま吊橋の造られつつあるのは、吊橋など不要な箱根の丘陵地帯である。正気の沙汰とは思えないが、どうせ観光目的、客寄せだろう。吊橋を渡りながら渓谷を鑑賞するのではなく、おそらくは富士山を見せる企てだろうとは思う。だが、富士山は、山麓であれば吊橋など無くても、どこでもきれいに見える。なにが「日本一」なのか分からないが、おそらく「日本一無用」という意味だろう。
 雲行きが妖しくなり、ぽつぽつ落ちるようになったころ、ようやく箱根峠に付いた。約4時間だ。いつもは、車が多い峠の駐車場だが、閑散としている。天候のせいばかりではないだろう。明日から新年度が始まる。みな、次の世界へ思いを馳せている。


コブシ アセビ(馬酔木) 春先に咲く好きな花

ふるめかしい史跡が 「史跡 箱根旧街道」とある こんな荒れた道もある 手入れをしない方が趣が

旧街道から舗装道路に出ると箱根峠は近い 国道1号線と箱根峠の駐車場 閑散としている

静かな箱根峠の駐車場 山が笑い始めた 白いのはアセビ 
雨がポツポツ来たのでちょうど来たバスに乗って早々に下山した



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