ウェルネス・クライマーズ短信 050
二岐山
1554.3m 福島県岩瀬郡天栄村
2013/01/27
落合、黒川、大橋、山ア 




失礼して、マイフレンドです。サロモンロッカー (山崎)




ルート図

    



雪道を行く
 甲子連峰に山スキ−で入るのは初めてだ。前夜からの雪で、日光市から先、雪道のドライブが続いた。圧雪道の運転は楽しいが、新雪の積もった道路はハンドルがとられて難儀する。会津地区に入るといっそうグ−ンッと積雪があり、今日は到着に時間がかかりそうだ。会津西街道(日光街道)は狭いうえに、除雪作業に負われる人たちでいっそう狭い。
 雪国特有の傾斜のきつい屋根が並ぶ。どの家にも柿の木の大樹がある。その枝先が
人道まで伸びている。会津「身しらず柿」で全国に知られている。枝に沢山の実をつけすぎて、枝を折ってしまう「身のほど知らず」ということから名がつけられたと聞いた。皇室献上品だ。

やさしい駐在員
 26日に湯本駐在所から計画書の件で電話があった。「無事にお帰りですか?」と-----。なに、なに?----山行日を20日(27日が予定日)としてしまったための確認の電話だった。内容に間違いがあり訂正してわびた。当日はそり大会があり、ぶな山荘まえの駐車場が使えないとのこと。一台ならなんとかなるかもしれないから、係りのものに伝えておくとのこと。
 その願いはかなわなかったが、会場近くでお会いできた。40歳くらいの、背が高く確りした体格のおまわりさんだ。身に着けた制服も良く似合う清潔感がただよう人物だ。大量の雪が積もったので、急斜面もゆるく見えるし、雪崩も発生しやすい状況なので、くれぐれも注意するようにと、アドバイスを受けた。うれしい。


東尾根から1350付近

 風力発電設備に続く林道を20分ほど歩き、山道らしき開いた空間から尾根に向かった。駐車場で加藤さんに会い、1000m付近まで7名でラッセルしながらすすむ。ぶな山荘前から入った、つくばナンバ−の先行者のトレ−スに追いつき、そこからはそのトレ−スをお借りして高度を上げた。
 思ったより小枝が邪魔するヤブがある。こんど買い換えたトップ140mm、179cmのやや大回り系の板では難儀すると予想した。それと斜面が波打っている。倒木が多いと考えられるし、樹林間が狭いので枝に乗った大量の雪が落ち、そこが高く積み上げられているようだ。

 1350m付近で今日は終了した。
 いつものように、ゆっくりと雪景色を堪能し、ぶなに巻きつく雪とその空間からのぞく、真っ青な空を見上げ、かすかにかかる雲が足早に駆け抜ける様子を、一人微笑みながら、時を過ごした。健康に感謝する一日でした。
                              山ア





風力発電設備管理道を20分歩く。そり大会のため圧雪車が入る
20年ぶりのスキーで山スキーに挑戦 人生の分岐点「がんばれ‐‐」


加藤チームと総勢7名‐‐力強い味方です。センスの良い人たちでした
ブナの大木が強風で真っ二つに折れる新たな新芽が春に芽吹くように。

ブナは雪に映える。冬を越すと、一段と気品たかく輝く。

空、雲、ブナに絡む雲。なぜか心が和む。
























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福島県への山スキーに参戦しました。
約25年ぶりのスキーの板。
でもゲレンデスキーと山スキーは大きく異なる。
違うのは整備されたデレンデと自然の山そのもの。
違うのはリフトと自力登山。
違うのはリフト乗車券と山スキーザック。
違うのは転ぶと痛いデレンデと転ぶと埋まる雪山。
違うのは障害物はコース上のスキーヤーと無造作に立ってる木々。
言い訳はこのくらいにしましょう。
結果はともかく湯本温泉の湯に浸かり充実した山スキーデビューとなった。
諸先輩の方々、何から何までサポートしていただき感謝感激しております。
悪戦苦闘の末、無事下山した「雪だるまのみちさん」でした。

                          Oti.

                                     Oti.さんのページヘ



 



山スキーとの出会い

 
この山域の山スキーは初めてである。山の大先輩である、SSCの仲間の加藤さんは毎年通っていて今日も山スキーの仲間と見えられていた。トップでラッセルをしてくれた、大感謝である。

 私と山スキーとの出会いは、2004年6月の越後駒ヶ岳登山が原点になる。スポーツジムに通い始めたころに、山崎さんと知り合い、越後駒ヶ岳に行くことになった。黒川さんもこのときが初顔合わせであった。今思えば、顔もよく知らない、山の実力がどのくらいなんてものも分からず、いきなり避難小屋泊りの越後駒ヶ岳。普通のひとだったら尻込みするだろうが、3人とも若かったのか、このときは何にも考えずに参加した。

 登山口では新緑がまぶしく、ウグイスが鳴き叫び、春真っ盛りであった。山崎さんはと見ると、スキー板を背負いスキーブーツでの登山姿であった。この姿に並々ならぬ山スキーにかける意気込みが感じられた。しかし雪がなかったらこの人はどうするんだろう。なんていらぬ心配も頭を過った。しかし、山頂からは申し分ない積雪で、避難小屋の親父さんを唸らせるほどの山崎さんの華麗なる滑りをを見せてもらった。このときは「山スキーかいいなあ」「自分もやってみようかな」ぐらいにしか思ってなかった。

 2005年の冬季に、やはり3名で切込み刈込み湖を、湯元から光徳牧場に抜けたことがあった。黒川さんがテレマークスキー、私はクロカンスキーで、凍った切込み刈込み湖を縦断した。このときに、山王峠から光徳牧場に滑り降りるのに、曲がらない、止まらない、スピードが出ないで、バスの時間に間に合わず、山崎さんにお世話になった。

 またこの年に、山崎さんと二人で金精沢に挑戦したが、ワカンの為股下まで潜ってしまい、途中敗退したことがあった。

 こんな経験からか、雪のある山域はスキーに勝るものがないとおもい、自然と足がスポーツ店に向かっていた。
                                




初顔の 二峡山の 律儀なり 新雪纏い 我らを迎え

昨宵に 積もりし雪を 踏み分けて 今日も元気に ラッセル楽し

先鋒は スキー巧者の 友がゆく 木々合間を 縫うがごとくに

今日もまた 転けつまろびつ 山スキー 六十路を過ぎし 子等あどけなき

                                  Ku.



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