2012.11.28 GPSのこと


 登山用具は昔からくらべると、驚異的に進歩したとおもう。冬の場合は、ことに使ってみるとありがたくなる場合が多い。(中略)
 新しい道具に頼ってみて、いろいろうまくいったとする。なんだか金を払ったガイドのおかげで、山へ登れたような気持ちになり、少しばかり自尊心が傷つけられた気分になることだってなきにしもあらずである。
 一体どこまで道具とつき合うべきか、これは人々の能力いかんで、千差万別に違いないが、私なんぞはいつもこの点で迷って決めかねることが多い。
                     
       辻まこと『山からの言葉』平凡社ライブラリーp34



 もう40年近く前に亡くなった辻まことが、Global Positioning System(全地球測位システム)を知ったら何というだろうか。大体想像はつくが。

 山行中の自分の位置を鳥瞰的に知る道具、GPSは、現在かなりの登山者に使われているのではないかと思う。自分の周りでも、チラホラと使っている者が現れている。こうなると、全体に広まるのは時間の問題だと思われる。
 自分では使ったことがないので、GPSがどのような場面で使われるのかは、あまりはっきりとはしない。だが、その機能からすれば、道迷いしたときやそれに至る途中で使われるものだろうと想像できる。登山道や標識のない山中を歩く藪山や沢歩きの愛好家にとっては、有り難い味方になるだろう。
 以前、奥秩父の沢へ行った時に、GPSを持って来た者がいた。有り難いような有り難くないような話しである。とりあえず、緊急時以外にGPSを使わないようにお願いをして、山行を進めた。この時の沢登りは、沢の出合へ至るアプローチがけっこう難しいことが予測された。まともな踏み跡がない。案の定、出合いの近くでルートを失って、右往左往した。傾斜が急で左手が崖だったのでルート探索はけっこう体力を使った。時間もロスしたので、予定のテン場へ着けない可能性も出てきた。しかも、本流の水量が多く徒渉がままならないことも分かってきた。
 結局このときは、出合までのルートを探索して、無事希望の沢へ入渓できた。だが、テントを張れたのは予定のかなり手前だった。次の日の行程の長さが予測された。こういう時、GPSを使うべきだろうか。

 GPSが有効なのは、真剣にルート探索したいとき、例えばルートを失った時やすでに迷い始めた時だろう。だが、沢歩きや藪山歩きの場合は、その山行の特徴から、常に迷う可能性があるし現在地が判然としないというのは普通にあることだ。というよりは、そういうリスクをコントロールしながら道標のない山中を歩くことを目的とした登山であるといえる。日本のたいがいの登山道には標識がある。道を外しさえしなければ、頂上へ登山口へ導かれるようになっている。そういう管理されたルートに飽き足らない者が、沢歩きや藪山歩きに取り組むのだと思う。
 こういう登山で、自分が今どこにいてどの方角へ歩いているのかを、かなり正確に分かる道具を持っているということは、標識のある登山道を歩いているのとそう変わりがないように思えるが、どうだろうか。もし、そうだとすれば、これは沢歩きでも薮山歩きでもないということになる。表向きは、沢やヤブを歩いているように見えても、内実においてそうではないということではないか。
 私は、沢歩きしか知らないので、沢に焦点を絞ろう。GPSを使って道迷いせずに、時間のロスもせずに、「合理的な」ルートを選択して苦労せずして沢を歩いたとして、それが一体何なのだろう。沢登りは、そういったリスクを自分の力でコントロールするというところに、場合によってはそのリスクに晒されることをもって登山の楽しさを味わうものではないかと思う。いったい、沢を安全に苦労せず、できるだけ疲労せずに通り抜けることにどんな価値があるというのだろうか。地形図と遡行図をたよりに現在地を自ら確認して、様々な「間違い」をおかしながらも、何とか核心を抜けることが重要なのではないか。
 グループ遡行では、登攀の力がなくてもリードを誰かにたのみ、ロープを下ろしてもらえれば、たいがいのところは登れる。初心者がそういう過程を経て沢登りの魅力を感じるということには異存がない。だが、沢を歩く者がいつまでも常に、沢登りをそういうものだと思い続けているとすれば、それは私の描いている沢登りとは少し違う。少し乱暴な言い方をすれば、私の見方によれば、GPSを頼りにするということは、ロープが降りてくるのを待つ姿勢と同質のものではないかと思う。
 どんな初級の沢であっても、その核心を抜けるにはそれなりの覚悟が要る。少なくても先導する者はそうだろう。「迷うことがあるかも知れない」、「登れないかもしれない」という覚悟の仕方が沢登りの核心だと思うのだがどうだろうか。メジャーな沢を歩くことが、その登り方によっては小さな藪沢を歩くに値しないことが、いくらでもあるのではないかと思う。

 GPSは、テントが軽くなったり、シュラフの保温性が上がるという次元とは異なる山道具の「進化」である。その使用によって、登山そのものが変質する可能性があるのではないか。GPSの普及に抗せずに、ひそかにそう思っている。



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