米子沢 巻機山登川
2012.09.01
SSC3名、高橋

ミヤマキリンソウ ニセ巻機山付近










遡行図



コースタイム
桜坂駐車場07:15-滑ノ沢出合08:33-日影沢出合10:35-ゴルジュ上20m滝の上11:45~12:10-1720m二俣(左へ)-1770m二俣14:15-避難小屋14:22~14:40-桜坂駐車場17:25

六日町から巻機山麓キャンプ場
 長いトンネルを越えると湯沢だった。越後湯沢で普通電車に乗り換えて六日町まで向かう。電車は魚野川に沿って右に大きく旋回しながら六日町を目指す。右手に緑に包まれた小さな山々が眼に入ってくる。さしたる名前の無い山々だが、どの尾根も角の付いた美しいリッジを見せている。おそらくは、この辺りの峰々は、岩でできているのだろう。これらの尾根の東側に、割引岳や巻機山が在るはずだったが、その陰に隠れて姿を見せなかった。普通電車なのに幾つも駅を通過した。どうやら廃駅ではなく、冬の間だけ使われているスキー駅のようだ。
 六日町の駅を降りるとタケさんに出会った。同じ電車だったようだ。外に出ると、肌を刺すような陽射しだった。まだまだ夏が衰えを見せていない。駅前の大きなショッピングセンターで、ビールや酒、つまみを調達して。バスに乗った。
 乗客は、もわれわれ二人と、土地の人三人だけだった。その人達は途中で降り、乗客が増えないまま終点の清水に着いた。
 秋の気配が感じられる林道をキャンプ場まで歩いた。30分ほどだった。入り口に看板もない、寂れたところだ。そんな小さなキャンプ場が好きだ。その日に、山崎さんが合流して、われわれ三人がキャンプ場を専有した。明日は米子沢だった。
 キャンプ場からは、正面に垂壁の在る特異なピークが目に入る。どうやらこれが、明後日登る予定の割引沢(わりめきさわ)の天狗岩のようだった。われわれの目指す支流ヌクビ沢は、この天狗岩の手前を右に折れているはずだが、キャンプ場からは見えない。割引沢の本流が、天狗岩を右手にその急峻な沢の姿を見せている。

キャンプ場から見える天狗岩 その左を急峻な割引沢が流れ落ちる 8月31日


米子沢・概観
 米子沢は、明るい大きな沢だった。沢幅や岩や両岸の造りが大きかった。その造りの大きさのためか、わわわれの歩幅も自然に大きくなってしまい、いつまでも、米子沢のスケールにわれわれの小ささが同調しなかった。大股で歩いたので疲れた。終盤のナメが米子沢の白眉なのだろう。このナメも確かに美しい。だが、このナメは微妙な傾斜で安心してスタスタ歩けるナメではない。かと言って、難しいナメでもない。長いナメをいつまでも緊張を解かずに歩かねばならなかった。いつの間にか、この楽しいはずのナメでも、われわれは大股で歩いてしまっていた。だから、疲れた。
 米子沢は、大きな滝がたくさん出てくる。一見難しそうだが、ウェブ情報を判断したり、現地でラインを見定めればそう難しい滝はない。その日は、連日の日照りで、水が少なくなっていたことも、水を浴びる登攀を易しくしていただろう。難しい滝には、比較的安心して登れる巻きのルートが備わっている。ゴルジュ最狭部のチムニー滝5mには、左岸上に絶妙な高巻きルートがある。これらが、初級の沢といわれる理由だろう。だが、この沢はスケールが大きい。初級者だけの入渓は危険だ。水が多めの時には、難しくなる滝もある。
 標高17201770mの源流部は、なかなか味わい深い雰囲気だった。この庭園のような流れに至って、われわれが初めて米子沢に同期したように感じた。米子沢が大き過ぎたのか、われわれが小さすぎたのか。
 詰めを上がった先にある避難小屋から見る巻機山周辺の景観は格別だった。少し歩けば、巻機山へ詰め上げる米子沢の源流もはっきりと見える。左手には、割引岳が立つ。前回トライしたヘイズル沢を詰め上がった小至仏山の辺りでは、激しい雷雨のため全く展望を楽しめなかった。そのため、今回のわずかな縦走が心に残った。

米子沢 栂ノ沢出合まで
 桜坂駐車場の詰所の横を上がる舗道を登って行く。15分ほどで右手に飯場を過ぎ、さらに舗道を上がると、左手に沢へ降りる広い坂がある。ここを降りると最後の堰堤が見える。ここから入渓した。米子沢は、伏流で水が無い。大岩のゴーロを20分ほど歩いてやっと水流が現れた。水の無い沢は味気ないものだ。増水時になぎ倒された樹木が無残に倒れている。
 滑ノ沢出合の先の30m大滝を右岸から巻いた。この巻き道はよく踏まれていて、慎重に行動すれば問題になるところは無い。この上の10m滝は、水流左が好ルートだと思う。飛沫を浴びるがホールドはしっかりある。Ⅲ級ーぐらいだろう。




早朝、最後の堰堤を拔ける 伏流
伏流も20分ほど歩くと水が現れる

滑ノ沢(左)出合い 本流右岸から大滝を巻いた 右岸を巻いて、大滝落ち口の上へ 巻き道は明瞭

大滝上の5m滝 左のスラブを巻いた


10m滝 右から先行グループが登攀中 我々は水流左を登る
10m滝 水流左を登る 飛沫を浴びるがホールドはしっかりある



日影沢出合いまで
 スラブの滝がいくつか出てくる。直登できないものも、小さく巻けるルートがある。傾斜の強いスラブは、細かいホールドを拾って基本通りに上がりたい。
 両岸強い傾斜の末広がりの6m滝は、少し難しそうに見える。左手の巻きルートの岩には残置スリングがあるが、水量の少ない今日は、水中のホールドが使えるので比較的簡単だ。標高1240mで左から入る沢は、滝を懸けている。上に見えるのがツバメ岩だろう。ここのスラブは、やや傾斜が強いのでホールドをしっかり見定めて登りたい。
 米子沢のナメが岩の崩落によっ埋まったという情報があった。どうやら、2011年の7月下旬の豪雨によるらしい。1240mからゴルジュ手前までに、その影響が顕著に見られ、大きな岩が詰まっている。歩きにくい。だが、その上のゴルジュからは、崩落の影響は見られないようだ。米子沢はもうダメなのかなと思ったことがあったが、今度の遡行では、米子沢再生を感じ取ることができた。


5m滝 栂ノ沢出合いの上

登攀中 左の水流にそって上がる 要所にしっかりしたホールドがある 水量が多い時はホールドが見えないので難しくなるだろう Ⅲ級
ちょっと難しそうな末広がりの滝6m 水線のホールドが使える 左の上を巻くルートがあるようだが、水が少ない時は、こちらのほうが簡単だろう


五段の滝を上がる
標高1240mで左から沢が入る 右手はツバメ岩


登ってきた沢を振り返る 大岩が埋まっている所もある
傾斜のゆるいトイ状滝15m 右の岩を登る



ゴルジュ
 ゴルジュとはいっても、もともと米子沢のスケールが大きいので、沢幅はかなりある。ルートを見極めていけば行き詰ることはないだろう。20mクラスの大きな滝には、絶妙な巻きがある。だが、ルートを誤れば、苦戦を強いられることになる。初めてのゴルジュ突破には、それなりの経験が必要になるだろう。最狭部の6m滝は、左岸に巻き道がある。二条20m滝は迫力がある。ここは、左岸の段状の岩の窪に沿って登った。落ち口へは本流のスラブへ移る。ここだけ、滑らないように要注意だ。



ゴルジュ入り口の滝6m この右手から水の少ない日影沢が出合う 右を巻いて落ち口へ 右の高みを巻くか、左をへつって5mほどの滝を上がる
10m滝 左から取り付いて水流沿いを登る 濡れる


10m滝を登る 階段状の水流沿いを上がり、落ち口はマントリングで這い上がる 水量が多い時は、乾いた右の岩を登った方が良いだろう
2mほどの小滝を左から巻いて狭隘部を越えると二段10m滝になる 左岸落ち口へ出る


最狭部の6m滝 左岸に絶妙な巻き道がある
6m滝(手前)と20m滝(後方) 6m滝を左から巻いて20m滝下に立つ


15m滝 どこを登るか観察する我々 斜上バンドがあるが、ここは上がれない 左の岩を登って小さく巻いた 落ち口に上がるところが、ややバランスを取り難い
二条20m滝 写真では迫力が伝わらないが、かなり大きい とても登れる気がしない 左岸の階段状の岩窪を上がった



ナメと源頭
 ナメの滑落事故が繰り返されて来たようだ。ナメを遡行する時には、長い遡行で体力を使い、疲労が重なってくる頃合いだ。体力が消耗してくると、注意力も散漫になってくる。このナメの滑落事故には、そんな要因が含まれているものと思う。気を抜かずに歩いた。ゆったりとどこでも歩けるナメではない。素晴らしい景観ではあるが、スタンスを確認しながらなので、ここは疲れる。
 やがて源頭へ入る。ここで初めて緊張を解いて沢と一体になれた。この辺りの両岸は、ブッシュがなく草地になっている。1720mの二俣は左へ、1770mでは左の窪地を上がると、すぐ両岸が開けて草原になる。避難小屋がすぐ先に見える。



傾斜の緩いところではホッとする
ナメが始まる 思いのほか安心して歩けるところは少ない 気が抜けない

気持ちのよいナメを歩く だが、もう結構疲れているので、沢を楽しむ余裕が無い 時々小さな滝が現れる 難しいところはない



水の少なくなった源頭を歩く 心が安らぐ 1720mの二俣にはトラロープで進入禁止
源頭の雰囲気になる


イワショウブ 源頭部で
1770mの左の窪を入るとじきに沢が消え草原が開ける 避難小屋が真近に見える この10分ぐらい



避難小屋付近から

巻機山へ至る登山道と割引岳(奥) 穏やかな巻機山1967ピーク


巻機山に詰め上げる米子沢本流源頭
谷川連峰が見える

下山途中五合目から 大滝(手前二つ)と5m、10mの滝が見える 最奥の陰がゴルジュだが見えない




割引沢ヌクビ三嵓沢右俣の遡行中止
 割引沢は、「わりめきさわ」と読むようだ。ヌクビ沢は、もともと「温日(ぬくび)」と表記されていたのではないだろうか。南面の日の当たる沢のイメージがある。三嵓沢の「嵓」(くら)は、漢字変換でもなかなか出てこない見慣れない漢字だ。辞書を調べてみると、「巌」(いわ、いわお)と同じで、大きな岩や崖を表すとされている。ただし、「くら」という読みは無いので、本当に「くら」と読んでいいのかどうか分からない。
 割引沢ヌクビ沢は、米子沢(こめこさわ)の西隣に在る沢だ。だが、あまりに米子沢が偉大なために、不遇な地位に甘んじてきたように思う。沢沿いに登山道が敷かれていることも、不評の理由かもしれない。米子沢のことを知らない沢の愛好家はいない、と思わせるほどに、米子沢は良く知られている。夜、キャンプ場で隣になったグループは、福島県からだった。しかも9人も。福島県といえば、いわば沢のメッカのような地域では無いだろうか。何も、そんな沢のメインストリートから、越後の田舎の米子沢に来るまでも無いとは思うのだが、そこが、米子沢の名前の強さ、偉大さということだろう。
 ウェブ情報によれば、割引沢ヌクビ沢は、「米子沢に劣らない沢」との評価もあるぐらいだから、一度は行ってみたいと思っていた。ちょうど隣の米子沢を遡行するので、「ついでに」割引沢ヌクビ沢にも寄っていこうと考えた訳だ。
 だが、米子沢のスケールが我々の遡行のスケールに合わなかったために、この遡行で結構疲れてしまった。決して米子沢の遡行が、技術的に難しかったという訳ではない。何か米子沢と我々の折り合いが悪かった。まあ例えて言えば、気の合わない人と一緒に沢を歩いたような、変な緊張感で疲れてしまった。そんな疲労感のために、次の日に予定していた割引沢ヌクビ沢の遡行を、あっさりやめてしまったのだった。
 米子沢は、標高差1000m、水平距離4.2kmだ。同じく割引沢ヌクビ沢三嵓沢は、1050m、3.3kmだ。これは、すぐ分かることだが、標高差2050m、水平距離7.5kmの沢を二日で歩き通すことに等しい。これは、来る前から分かっていたことだが、我々にとって、少しハード過ぎたということだ。米子沢を歩いた初日の疲労感から逆算して、とても翌日、同じ程度の沢を遡行・下山できるとは思えなかった。ヌクビ沢三嵓沢の中止は、そういう単純な理由だったということを、ここに白状しておこう。

空想
 見知らぬ街へ行くと、そこに生まれ育った自分の様子を空想することがある。電車で、ぼんやり外を見てるとき、ふと見かけた洗濯物の干されてあるアパートを見て、そこに住んでいる自分を想像するといった具合だ。
 六日町の寂びれた商店街の一角に、ちいさな食堂がある。いかにも、人の入らない店構えだし、ガラス戸越しに見る店内に客の姿はない。そのうらぶれた食堂で客を待ってぼんやりテレビを見ているのが、この越後に生まれ育った自分なのだった。子供たちは、それぞれ独立して、家を出ていった。だれもこの店を継ぐものはなく、自分の余生とともにこの店も終えてしまうつもりだ。今では、一日の客も20人足らずで、商売としては成り立っていない。自分が今まで生まれ育った自分とは、全く違った人格と経歴の自分がそこに住んでいる。そういう空想である。
 なぜ、こんな空想が何気なくされるのか。その理由はわからない。そういう空想が、ほかの人々にも見られるのかどうか、それも分からない。自分と比べて、あまり幸福そうとも見えない市井の人が空想の主人公になるのに特徴がある。なぜそんな変な空想をするのだろうか。
 自分が、今の自分ではなく、全く違った土地で異なった人格で生まれ育つという可能性は、あり得ることだろう。そういう思いがあるから、こんな空想が浮かんでくるのだろうとは思う。だが、心理学的には、この種の空想は何を意味するのだろうか。「あまり幸福そうとも見えない市井の人」が主人公になる辺りからは、それと比べて今の自分に満足せよという自己同一性の確認のようなものだろうか。いや、その反対に、もう一人の自分が誕生することによって、今の自分を霧散させてみたいという無意識の欲求が、そんな空想を産んでいるのだろうか。今度出掛けた六日町の小さな食堂を見て、最近めずらしく別人格の自分を空想したことを契機に、こんなことを考えてみた。今のところ何も分かっていない。



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