ヘイズル沢残照
2012.08.16〜17
SSC3名、高橋



アプローチ
 ヘイズル沢出合いへの道は、一度歩いている。2007年、さわねに入った年に前深沢を遡行したときだ。そのときは、狩小屋沢を下降して、帰りに再びそこを歩いた。これは大変な道だと思った。長い沢を遡下降して疲れた脚に、限界に近い長く苦しい登りがあった。「もうこの道を歩くことはないだろう」と思わせた。この時初めてTさんと遡行した。だが、Tさんとの遡行は、それっきりだった。Tさんはこの後すぐ退会した。

明け方の笠ヶ岳(中央)と小笠(左)

 そう遠いことではないのに、前深沢の記憶はあまり判然としない。ただ、アプローチで遡行した本流楢俣川が、花崗岩の輝くような滝を懸けていたことを覚えている。広いナメ状の滝を、左岸をへつりながら越えた。前深沢に入渓してすぐの8mほどの滝も美しい花崗岩だった。その階段状の滝登りで、マントリングを使うようにアドバイスを受けたのを覚えている。クライミングといえば、岩につかまって身体を引き上げるものと覚えていた。そんなクライミングしか出来ていなかったためだろう。記憶というものは変なものだ。断片だけが残照のように浮かび上がってくる。
 その後、楢俣川は、洗ノ沢を歩いた。新人Hさんの歓迎遡行のようなものだった。このときのアプローチは、圧倒的に短いにも関わらず、時間が遅かったので、暑く苦しい林道歩きになった。遡行中、テン場近くで激しい雷雨に遭った。慌ててタープを張って、暴れる雷の去るのをじっと待った。そんな記憶がある。

 ヘイズル沢の出合いまで、二時間以上歩いた。ひとの調査によれば9kmだという。このアプローチの長さが、自然の障壁になっているのだろう。ヘイズル沢に人間臭さの無いのはそのためだと思う。早朝に歩き始めたので、気温がまだ上る前だった。それが良かったのだろう。洗ノ沢のときのような、激しい暑さは無かった。とは言え、洗ノ沢までのアスファルトの長い上りはつらかった。
 その先は、湖畔に出るまで長い下りになるので、鼻歌が出るような気分だ。だが、この長い下りは、逆方向の歩行では、苦行に変わる。湖畔に出てからバックウォーターを過ぎるまでは、おおむね平坦だが、その先はヘイズル沢出合まで、緩やかな上りになる。最後の登りだ。2008年の夏、さわねの一行は、このアプローチを歩いている。ヘイズル沢右俣左沢の遡行だ。このころは、ヨネちゃんもガクさんも居た。私は、右足首のアキレス腱を損傷して療養中だった。
 このヘイズル沢の出合いまでのアプローチは、2007年の時に比べると、明らかに荒れている。昨年の集中豪雨によるものだろうか。林道の崩落部や土砂の堆積もそのままである。湖畔道も草が生い茂り、数年すればさらに草やヤブがかぶると思う。人間が機械の力を使って、自然を征服したように見えても、そこには自然へ帰ろうとする力が刻々と働いている。楢俣川の奥に入るには、ならまた湖をボートで上がり、楢俣川を遡行する他ないという時が来るように思う。


下山ルートと雷雨
 下山は、笠ヶ岳を経由して湯ノ小屋へ向かう予定だった。車の回収があるからだ。下山の時間は少々長いと思ったが、それ以外の案は浮かばなかった。沢を下るよりは良いだろう。
 遡行の途中で、土地勘のある大橋さんと山崎さんが、「鳩待峠へ下るのがいい」という。峠でタクシーを拾って、湯けむり街道(県道63号線)を湯ノ小屋へ向かう、という案だ。小至仏山から笠ヶ岳を経由して下山する場合には、6時間を要する。鳩待峠へ下れば、1時間半で済む。なかなかの妙案だ。楢俣川の左岸支流を遡行した時には、この案が使える。どうして今まで思い付かなかったのだろうか。
 鳩待峠といえば、尾瀬歩きの拠点だ。至仏山を挟んで東側は、尾瀬ヶ原が広がり多量の登山者を迎えている。一方、われわれが遡ってきた至仏山の西側は、ほとんど人が入らない秘境の地である。至仏山は、観光化された登山と原初的な登山との結界なのである。鳩待峠へ降りるという発想が生まれなかったのには、そんな事情があったのかも知れない。
不穏な雲が 尾瀬ヶ原がかすかに見える

 稜線の登山道に上がって間もなく、大粒の雨が落ちてきた。雷鳴も聞こえてきた。瞬く間に土砂降りになった。洗ノ沢を歩いた時と同じだった。だが、洗ノ沢での雷雲の動きは早かった。20分もタープの下で身を縮めていると、雷鳴は去った。
 雷雨といえば、足尾の笹ミキ沢の遡行で、ひどい雷に会った記憶がある。河原で夕餉を楽しんでいたときに、突然雨が降りだした。あわててタープへ入ると、大きな雷鳴が響いた。皮膚を震わせるほどの轟音が身近に続き、生きた心地がしなかった。薄暗くなった森に雷光が走る。音と光が同時だった。ひたすら雷の去るのを待った。それ以外、何もすることができなかったのだ。パチンコ玉のような雹がタープを叩いて落ち、地面に山盛りになった。これで、雷鳴は去った。ずいぶん長い時間だったように感じたが、おそらく30分ぐらいだろう。雷が去って、タープの下がみるみる明るくにぎやかになるのが分かった。
 今度の雷雨は、いっこうに収まらない。稜線から樹林帯に入って雨宿りをした。そこが安全だという訳ではない。怖くて脚が出ないのだ。下り出しても登山者が裸になる草地の前でまた脚が止まった。こういう時は、どうすればいいのだろうか。いろいろ頭では考えるが、山を降りるという行動が、繰り返されるだけだった。登山道は、豪雨によってみるみる沢に変わった。稲妻が森をめがけて垂直に突き刺さる。身近に落ちてこないのが幸いだった。小至仏山直下の岩場の詰めで、雷雨に合わなかったことに感謝した。そこは、どこにも逃げる場所がない。
 下山する間に、雷は収まったようだった。雷光とその音にかなりの時間差がある。いっとき雷が去ったのは確かだった。だが、次の雷雲がすぐまたやってきた。結局、鳩待峠へ到着するまで雷は鳴り止まなかった。山ノ鼻方面から、ぞくぞくと登山者が帰ってくるのが見えた。雷のせいなのだろう。
 鳩待峠から湯ノ小屋の先の車を置いたところまで、タクシー代は一万円と少しだった。雷鳴に悩まされながら、笠ヶ岳から長い長い登山道を下ることを思えば、安いものだった。



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