赤木沢3 黒部川

2012年8月2〜5日
タケさん、高橋



  赤木沢1  赤木沢2

赤木沢遡行雑感

当世登山事情
 下山時、太郎平小屋の前で休憩した折、若い娘さんと会話した。女性が独りで休憩していたので、隣の椅子に腰掛けてタケさんが声をかけた。なかなか感じのよい爽やかな娘さんだった。あす雲ノ平へ向かうとのことだったが、実は、二人連れだということだ。今日は、自分だけが小屋に泊まり、相方の男性は、20分ほど登ったところのキャンプ場に泊まるという。その娘さんは、テント、シュラフなどの泊まり装備を担ぐパワーがないので、自分だけが小屋泊りで山行するのだという。今日は、太郎平小屋に一人で泊るという。
 男女二人で山へ来るということは、私のような年齢の者からみれば、随分と親しい仲だろうと思う。恋人同士であるとも考えられる。余計なお世話かも知れないが・・・・。そんな二人が、別々の宿泊場所と方法を選ぶというのは、どうも良く理解できない、というのがタケさんと私の一致した見方だった。宿泊の夕方には、その日の歩いたコースを回想しながら、会話にも弾みがつくというものだろうに。なぜ、そんな、理由で分かれて泊まるのだろう。
 最近、南アルプスやこの北アルプスのキャンプ場で気がついたのは、大方が個人用テントで宿泊している、ということである。大きなテントで大勢が泊まっているのは、山岳部の学生や我々と同じ60代前後の者が多い。先日の南ア・広河原のテン場では、高校の山岳部の若い指導教員が三人、それぞれ個別のテントで泊まっているのを見た。若い人は、個人用テントで一人で泊まるのが、当世風のようである。一人用テントであれば、周りに気を使うこと無く、眠ることができる。好きな時間まで、独りでお酒を呑んだり、早朝に眼が覚めれば、気兼ねせずにお茶を沸かして呑むこともできる。たしかに便利である。これは、超軽量のテントが開発され、手頃な値段で購入できるということと無関係ではないだろう。
 先の娘さんも、男性が2人用のテントを持ち上げれば済むように思うのだが、一人用のテントの便利さに慣れているために、「一人用のテントを二つ持ち上げる」という発想になるのだろうか。そうであれば、いくら軽いテントとはいえ、二つで3kgを超えるので、重労働になる。とはいえ、小屋泊りでは、寝具や食料も持ちあげる必要はないので、この別々に泊まるという方法は、合理的な思考の結果とも判断できる。だが、登山の楽しさというのは、山を歩くだけでなく、夕食時や食後に交わすとりとめのない話の中にもあるので、この娘さんとの会話は、とても不思議な感じがしたのだった。

太郎平小屋の前 太郎山の方向 太郎平から薬師岳



薬師沢小屋
 実を言うと、今度の赤木沢遡行は、この娘さんと同じく山小屋泊りで計画した。ほぼ日帰り装備で、二日間の山行を継続できるからである。食料、シュラフ、テントの荷物から開放される。体力の衰えている年齢の者にとっては有り難いことだ。だが、山小屋はあんまり好きではない。当日は平日の金曜日であったのに、薬師沢小屋は混んでいた。受付で、最初から一畳二人と宣言されてしまった。収容人数の倍近い人々が泊まったのだと思う。狭い小屋に押し込められると、それだけで息苦しくなってしまう。いつもは、タープの下でスペースを心配せずに寝ているからである。タケさんも小屋には慣れていないらしく、同じような思いのようだった。特に、朝のトイレには難儀した。泊まっている人数に比較して、トイレの絶対数が足りない。考えてみれば当たり前のことだ。
 タケさんと私は、日が落ちるまで部屋に入らずに、黒部川のほとりで過ごした。ご飯を食べてからは、人の居ない北向のテラスで、時間を潰した。そんな中でも、終始薄暗い小屋の半畳に身を横たえて平然としている登山者もいる。山小屋のベテランなのだろう。ある意味、尊敬の念を覚えた。とても自分は、そのように達観できないからである。
 薬師沢小屋は、薬師沢が黒部川に出合うところにある。薬師沢は、太郎平小屋から東向きに、急な登山道を降りたところにある。黒部川の支流だ。登山道はこの薬師沢の右岸に沿って伸びている。木道のために歩きやすい。だが、いかにもクマが現れそうな雰囲気である。とはいえ、人間がひっきりなしに木道を歩くので、クマが出て来る間がないかもしれない。
 薬師沢小屋から赤木沢へ向かうには、小屋の狭いテラスに取り付けられた梯子を降りて、黒部川を遡行する。しごく便利だ。この薬師沢小屋に泊まる者の9割は、雲ノ平に向かうようである。そんなに人気のある雲ノ平とはどんなところなのだろう。昭文社の地図を見ると、「日本最後の秘境と呼ばれる」とある。素晴らしいところなのだろう。行くことはないだろうが。雲ノ平は、赤木沢を詰めた時に、正面に見えた。樹木の少ない草原のようなところだった。
 ついでだから記しておくが、思いのほか高齢の方の登山者がいる。傍から見ていて、大丈夫だろうかと思うような方も見える。薬師沢小屋へ向かう時に、向こうから急坂を登ってくる老夫婦に会ったが、もう75歳に近いように見えた。酷暑の中を、急登して太郎平へ向かうようだが、二人の間が離れているので気になった。二言三言、奥さんと話をしたが、かなり疲れているようだった。70歳ぐらいの登山者ならまだまだ健在のように見える。小屋で隣になった人は、ちょうどそのぐらいに見えた。めったに見ないような大ザックを背負っていた。いびきの豪快な人だった。
 下山時、折立に向かう長い下りで、やはり70歳ぐらいの登山者と抜きつ抜かれつした。我々と歩く速度が変わらないというか、我々よりも早く折立の登山口に着いた。これらの、どの人々も、登山経験の深い方々だと思う。だが、傍から見ていて心配なのは、やはり年齢のせいだろう。何歳ぐらいまでなら、こういう山を登れるのだろうか。さて、自分はどうなるのだろうか。そんなことを考えた。まさか70歳になって、沢を歩いていることはないと思うのだが。考えるだけで寂しいことである。


早朝の薬師沢小屋 思い思いに登山の支度を 薬師沢出合 左手が薬師沢 向こうが黒部川 小屋から




クマ出没
 「クマ出没注意」という看板は、どこにでも立っているので、その看板を見てクマが本当に出ると思うことはあまりない。だが、今度ベースにした折立キャンプ場は、看板通りにクマが出たのである。赤木沢の遡行後、北ノ俣岳、太郎平を経て、一気に折立キャンプ場まで降りて、完登の祝杯を上げている時に、その騒動は起きた。こちらは、一人用テントでもなく、大テントでもない、壁のないタープを張っただけの住居なので、騒動は丸見えだった。
 広いテン場のちょうど真ん中に我々は、タープを張った。大方の人達は、テン場の端っこに、ヤブを背にするようにテントを張っていた。我々は、ヤブの近くは、蚊も多いだろうと考えたのである。ちょうど夕食時で、それぞれに夕餉が進んでいたものと思う。

 そのヤブに近いテン場で、騒ぎが持ち上がった。ヤブからクマが出たのだ。食事中の食べ物を狙って、クマが悠然と歩いている。その辺りには、5、6人の人が居た。気丈にもその人々は、食料を守るようにクマと対峙した。クマも人間が怖いのだろう、人々の威圧に反撃する様子は見せない。クマが正面を向いて胸を見せると、白い月の輪が浮かんで見えた。こういう時に、必ず助っ人はいるものである。一人の男がスタスタと寄ってきて、クマを追い払おうとした。釣り師なのだろう。出で立ちで分かる。クマが怖くないのだろうか。釣り師が手にしてきた爆竹に、火が点けられた。火花が散って、激しい爆発が起きた。驚いてクマは去るのかと思ったが、クマは食料の回りを離れようとしない。クマが自らその場を去る以外に、我々には、クマを追い払う手段を持っていない。その釣り師も、なかなかに粘り強い人間で、ついには打ち上げ花火のようなものを持ってきて、クマを追い払った。
 私も、こんな身近でクマを見たのは初めてだった。その渦中の現場にはいなかったので、かなり冷静にクマ騒動を観察できた。事実、クマが出てきたのを、私はあまり驚かなかった。少し距離があったからだろう。ただ、クマが爆竹の音にも逃げずに、キャンプ場の端で、人間と対峙し続けたことには驚いた。困ったと思った。クマがこのキャンプ場で、同じような方法で食料を強奪して来たのだろう。人間は、そう怖いものではないと、そのクマは学習して来たフシがある。
 やがて日が暮れるという時、我々人間は守りに入った。キャンプ場の端から、道路に近い側にテントを移し始めたのである。私とタケさんも、「タープで寝るのは気持ちが悪いよなー」という訳である。寝ている間に、クマがぬーっと現れて顔でも舐められたらゾーッとする。そんな訳で、キャンプ場の真ん中に陣取っていた我々も、タープは置いたまま道路側に避難した。そこは、明かりも点いていて、何か安心感があった。クマもここまではやってこないだろう。
 人間もひとまとまりになると、強い気持ちになるらしい。我々は、野天で再び完登の祝杯を続けたのだった。酔う内にクマのことも忘れてしまった。その日は、車で寝ることに決めてあったので、心配はなかった。だが、翌朝のバスで帰る個人用テントに寝ている登山者もあった。恐らく心配を抱えながらの一夜であったと思う。
 翌朝もクマ騒動があった。同じクマだろう。また、食料を狙って現れたのだ。この時は、クマと人間の間にも馴れ合いが始まり、対峙の仕方にもルールが存在しているように見えた。互いに穏やかに威嚇し合いながら要求を通そうとした。だが、今度も無人のテントから何やら持ち去られて行った。食べ物だったのか、それとももっと大切なモノだったのか、それは分からない。下山した時に、持ち主は驚くだろう。
 この騒動を管理人らしき人に話した。「しょっちゅう出るんだよ。キャンプ場周辺を徘徊して、食べ物を狙ってる」とのことで、特別の風ではないようだ。このキャンプ場に泊まる者は、初めての者が多いのではなかろうか。事情を知らずに、怪我をしないとも限らない。細かくクマの行動情報をアナウンスするか、クマを威嚇してキャンプ場に近寄らないような方法を考えるべきではないかと、普通にそう思った。

早朝の折立キャンプ場 キャンプ場の端に再び現れたクマ




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