小田倉沢〜津室沢 足尾泙川

新緑に青空 こんな下に広がる沢の世界

2012年5月19〜20日
SSC3名、ゲスト1名、高橋



遡行図



  小田倉沢〜津室沢 その2へ

5月19日
奈良8:30−大ゼン20m9:25〜37−12m滝12:02−1110m二俣14:07−1300m二俣16:15
5月20日
1300mテン場発7:20−奥ノ二俣8:05−1465鞍部8:33−1165m二俣−大滝45m11:06〜12:36−三段25m滝上13:04−泙川13:44−三重泉沢出合13:47−林道14:00−奈良15:50


プロローグ
 若いゲストを混じえての5人の遡行になった。今回は6人の遡行の計画だったが、結局一人が欠けた。早めの復帰を願う。ゲストのタッちゃんは若い。自分の子供よりも若いスポーツマンだ。長野県に住んでいるというから、かなり遠いところを駆けつけて来てくれた訳だ。冬山をしっかりやりたいので、一年間、長野の山岳講習に臨んでいるらしい。沢経験7回目に、黄蓮谷右俣へ取り組んだというぐらいだから、やる気満々なのだろう。我々ロートルと組むには、少し体力が余ってしまうかもしれない。だが、沢を楽しむのに年齢は関わりがない。歩き通せる体力さえあれば、誰でも同じだ。好青年のタッちゃんには、また遊びに来てほしい。ウェクラの二人も、まだ残雪スキーの最中に付き合ってくれた。今年は、6月もまだスキーを楽しめるらしい。

泙川(たにがわ)
 泙川は錫ヶ岳から皇海山を結ぶ稜線の西側を源頭とし、西へ平川の集落を経て片品川へ合流する大きな河川である。小田倉沢は、この泙川の支流で皇海山を源頭とする。ところで、この「泙川」は、今では「ひらがわ」と読まれているようだが、もともとは、「たにがわ」と言われていたようである。ことばの誤用が、長い間にそのまま定着する例はよくあるようだが、これもそのひとつなのだろう。国土地理院の地形図にも「泙」に「ひら」というルビがふられている。私は、桐生市在住の増田宏氏の力作、『皇海山と足尾山塊』の文章を読むにつけ、この深い峡谷を「たにがわ」と呼ぶべきものと改めて思っている。
 「泙」とは、泡をたてて勢いよく水が流れるという意味であり、険しい峡谷を激しく流下するこの谷に相応しい名前だと思う。(中略)峡谷を抜けて平らになった所が平川(ひらがわ)の集落で、周辺一帯の大字名を平川という。古い文書には、泙川の読みについて「たにがわ」と記されているが、現在地元では「ひらがわ」と呼んでいる。難しい字を使ったばかりに「泙」が読めず、集落名・大字名の平川と混同してしまったようだ。ひらがわでは、平瀬の続く穏やかな流れを想像してしまい、この谷の名称としては相応しくないと思う。  『皇海山と足尾山塊』増田宏、白山書房P120

渓相
 小田倉沢は、ひとことで言えば、素晴らしい沢だった。行程に連れて、様々な渓相を現すのが特徴といえる。次々に変わる景観に驚きながら、嬉々として歩いた。そのためか、大した疲れも感ぜすに、初日予定の1300mの二俣に辿り着いた。
 小田倉沢は、出合いの河原から想像できるように、明るく大きな沢だった。両岸切り立つ深い廊下、沢幅いっぱいに広がるナメとナメ滝、狭隘部のゴルジュ、ゴロタ滝の碧い釜と魚影、両岸から被る柔らかい新緑、登攀の難しい大きな滝、河岸段丘の静かな佇まい、などなど。なかなか文章では表現できない日本の沢の美しさがそこにあった。
 高巻きが難しい大きな滝は、大ゼン20mと12m滝ぐらいだが、そのどちらにも、左岸側に固定ロープがあるので、問題なく通過できる。ロープがない場合には、腕に自身が無い私のような者は、苦戦するだろう。ただ、12m滝は、右岸側の方が簡単に見え、ロープ無しでも登れそうだった。固定ロープがあるということは、釣り人が入るということだ。我々も、大ゼンの手前にある8m滝の上で、二人の釣り人に会った。話しかけると、幸いにも先行させてくれた。ありがたい。

雪渓
 900m付近から、小さな雪塊を見た。遡行に問題はない。だが、1070mの両岸急峻な小ゴルジュで、北斜面から本流に被る雪渓が行く手を阻んだ。崩落寸前に見えた雪渓の下を通るには、命が惜しい。雪渓の上縁を回るように巻いたが、降り口がスラブのため下降が難しい。支点を取るにしても、その上にはブッシュがない。さらに上部のブッシュを狙って、急斜面を上がり、きわどいトラバースをして懸垂するというルートが考えられた。だが、5人の人間がこのアルバイトをするには、リスクは5倍になる。迷った末に、30m+12mのロープで、かなり離れた手前で支点を取り、雪渓の降り口へ斜めにロープを伸ばして、雪渓の縁に沿って静かに下降した。これで無事雪渓をクリアした。だが、降りた先はまだゴルジュで、小滝と淵が待っていた。幸い淵が浅かったために、難なく小ゴルジュを脱出できた。今度の遡行では、この雪渓の通過が最も難しかった。だが、雪渓がなければ問題の無い所だろう。その上にも雪渓はあったが遡行の邪魔にはならなかった。



テン場と小屋跡
 小田倉沢は、沢が広いためだろう。河岸段丘が発達していて、テン場探しには困らない。特に、1300mの二俣には、明かるくひらけた場所がある。幾つか焚き火の跡もあった。1410m付近の「奥の二俣」手前、右岸の段丘には、一升瓶や瀬戸物の欠片など、往時、人の住んでいた広い痕跡があった。当時何を生業にして、この深い山奥に住まわっていたのだろう。もっとも、この地点には、峠を越える「街道」があったようなので、当時はそれなりの人の行き来があったのかも知れない。それにしても今では、深い山奥である。

支流
 小田倉沢は、地形図で見れば、左岸からいくつも大きな支流が入っている。これらの支流の出合を見て、現在地を確認することになるのだが、この支流の流入がなかなか確認できなかった。不注意で出合を見落とすというだけでなく、支流の水量が少ないことやゴーロが広いために、出合いが分かりにくくなっているという理由があるようにも思う。他の遡行者の記録でも、現在地の確認ができないという記事があるので、何らかの理由があるのだろう。1300mの二俣のテン場でも、支流の出合を見逃したが、テントを張っている間に、左岸から細い流れが入っているのに気が付いた。これは1300mで左岸から入る枝沢だろう。



5月19日
大ゼンまで


広い泙川の河原

小田倉沢を歩くと流れがまとまってくる
最初のナメ小滝が2つ 遡行の始まり

8m滝 右の窪を巻いた 簡単だ 両岸切り立つ廊下を歩く 何やら前方にかなり大きな滝が見えてくる

大ゼン20mの登攀 下の人が小さい 慎重にホールドを拾って 緊張する



大ゼンの上からゴルジュ手前まで
大ゼンの上はナメの世界 広いナメを快適に歩く 陽が差して明るいナメ

おいしいヒラタケ Oさんが見つけた 小滝に碧い釜


ゴルジュから1070m二俣まで

ゴルジュを突破 行き詰まるところは無い
険しい渓相に変化 段々8m滝 ゴルジュの始まり


小滝の続くゴーロ
小さい滝も美しい























8m滝 左から小さく巻ける 難しいところは無い
12m滝 左岸に固定ロープがあった ホールドはある


小滝を越えてゆく
1070m二俣 右俣(支流)の岩場が大崩壊している


1070m二俣から1120m二俣まで

その先のゴルジュ 釜が浅く越えられた
二俣の左俣(本流)は小ゴルジュ 大きな雪渓に阻まれる

5m滝 釜が深いが、左右 どこでも登れる ゴルジュの壁をへつると二俣に 1120m二俣 左俣本流4m滝 この左俣へ


1120m二俣から1300m二俣まで

二段6m どこでも登れる

へつりの箇所もたびたび
10m 滑りやすそうな水流左を登る 濡れる

10m滝を登る高橋 同左 飛沫を浴びる

1250m付近左岸枝沢 水は流れていない

15m滝 右から小さく巻ける

1310mテン場付近 流れが穏やかに 右から細流が入る 今日の遡行もここまで



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