2012.02.17 ウェブサイト


 ウェブで個人のサイトを見る行為というのは、ペーパーで絵を見たり、写真を見たり、本を読んだりするのとは何か違う感覚を覚える。何か不思議な気がする。というのは、面識のない人の開設するサイトでも、日頃そのサイトを見ていると、知らないうちに何かその製作者の人格に触れているような気がするからである。ふつう、その人となりを知るのは、リアルな付き合いの中で行われるものと思うが、その人のサイトをいつも見ていると、自然と「心が通う」ようになるのである。だが、これは、よく考えてみれば分かるが、相互交流ではない。そういう点から、「心が通う」ということばは、適切ではないかも知れない。例えて言えば、「片思い」のようなものだろう。私もささやかなウェブサイトを公開しているが、そんな片思いの人は居るのだろうか。
 私もウェブサイトは、よく利用する。趣味の沢登りの情報を集めることが多い。沢名で検索することが多いのだが、どうしたわけか、ある特定のサイトに行き当たることがある。単に同じ傾向の沢に興味があるという訳でもなさそうだ。たいがいサイトの持ち主は、私よりもはるかに上級者である。私が登ろうとする沢は、すでに登っているというのが、何度もそのサイトに行き当たる理由だろう。だが、必ずしも上級者のサイトだからそこへ行き当たるというわけでは無いので、何か別の理由もあるのだろう。よく分らない。何か縁があるということだろう。

 私にとって、そんなサイトの持ち主のひとりであるMさんが、亡くなったようである。暮れから今年の正月にかけて、山で遭難した。氷瀑のクライミング中に滑落したようだ。Mさんは、よく単独で出かけていた。このときも、単独の山行だった。南ア、尾白川本谷の支流、滑滝沢の氷瀑を登攀中に事故に遭ったようだ。滑落の原因は分からない。単独なので、誰もその様子を見ていない。滑滝沢出合の滝は200m、その上の滝は、50mが三段、さらに100mの氷瀑が懸かるようである(日本登山大系)。出合の本谷下流に、主の無くなったテントが張られていたという。
 Mさんのサイトは結構多くの人が見ている可能性がある。Mさんのページは、黒のバックに白抜きの文字で表示された特徴のあるものだったから、見ていれば覚えているだろう。岩、沢、雪、氷に関わる山の、おびただしい山行の記録を彼は残している。飾りの少ない、やや偽悪的な文章にも特徴があった。登山の記録には、「私この山登ったー」風の、自慢話が多い中で、Mさんの記録はそういう意味での臭みのない、爽やかな文章だった。山へ入ることの喜びが、そのままページの文章や写真に現れていた。山男にありがちな作為的な感傷も見られない乾いた文章の持ち主だった。というよりは、自慢話をするまでもなく、残された記録から彼氏の登山の足跡が圧倒的に迫ってくる。
 私はいつの間にか、Mさんに片思いをしていたようである。もし記憶違いでなければ、昨年の合宿に計画した空木岳集中の大荒井沢は、彼氏の記録を参考にさせてもらったと思う。氏の記録は、「ふざけた」文章の中にも沢の要所のポイントを外さない。そこを登る者にとって必要な情報を、身体で知っていたように思う。自身は上級者でありながら、後ろを歩く者へ、ていねいな通過記録を残してくれている。Mさんの文章から見ると、とてもそれを意識的にやっていたとは思えないのだが。結果としてはそうなっている。大荒井沢の核心、大滝・曇りの滝120mの高巻きを「30分でこなした」という報告は、Mさんにしてはめずらしい自慢話だった。単独行とはいえ、通常2時間近くかかる高巻きを30分でこなすとは、考えられないような話だった。だが、Mさんならやるかも知れない。そう思った。
 今も残っているMさんのサイトを見ていると、Mさんが亡くなったとは到底信じられない。それほどに、Mさんの姿が生き生きと伝わってくる。主のいなくなったサイトで、もはや新しい記事が更新されることはないだろう1)。だが、これまでの記録の中に、Mさんは生きている。濃密な時間を生きた、ひとりの男の圧倒的な存在がそこにある。ウェブサイトというのは、改めて不思議なものだと思う。亡くなったものが、生き生きと立ち上がってくる舞台でもあるのだ。

 Mさんの遭難を知ったきっかけは、Mさんのサイトではなく、静岡県在住らしい別の人のサイトである。そのAさんのサイトの記事に何やらピンとくるものがあり、調べていくうちにMさんの遭難を知ったのだった。Aさんとの縁は、南アの沢を調べている時だった。今思えば、Mさんへの「片思い」は、南アの沢の調査から始まったのかも知れない。今年の秋、谷川で思いがけずHさんに会った。Hさんはサイトの「知り合い」である。このHさんは、Mさんと何度かいっしょに山へ登っている。Hさんは、自分のサイトで追悼の文章を書いていた。ところで、Aさんは、「大滝巡攀」で知られているNさんと、ときどきは滝を登っているようである。ことほど左様に、ウェブサイトの「繋がり」は思いのほか広い。いずれも「片思い」だが。
 Mさんに合掌

1) Mさんのサイトは、代わりの人が管理して、しばらくは残されるようだ。ありがたいことである。



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