記憶に残る沢6 2011 (最終回)


下棚沢 西丹沢中川川西沢 2011.11.15
 丹沢の沢をよく歩いたが、どれも簡単な沢だ。だから、歩いていない沢がまだまだある。ぜひ登ってみたい沢がいくつもある。だが、最近は丹沢へ出掛けるのは春か秋に限られるので、このまま登らないで終わるのかも知れない。私は元来慎重であり、冒険をしない性質だ。冒険をしない理由は、単なる恐怖心ばかりではなく、すべての技術には習得すべき手順がある。そう頑固に信じているためでもある。何事も基本的なことを習得せずに、一足飛びに上手くなったり、成果をあげたりすることなどできない。そう思っている。

 これは、長いこと勤めてきた仕事と関係があるのかも知れない。どんな豊かな知性と知識を持った人間であっても、その人の思いつきやアイデアだけでは、新しい境地を拓くことはできない。たいがいの場合は、我々の頭脳よりも、自然は複雑で制御し難いものである。開発にたずさわる者が、様々に自然へ働きかけ、その自然の複雑な仕組みをひとつひとつ解き明かすことによってしか、自然を統御して新しい価値あるモノをつくることができない。そういうことを長い経験によって知らされた。
 丹沢の沢も薄皮を剥ぐようにその核心に向かっている。そう考える自分がいる。だが、こんなペースでは、核心へ至ることはないだろう。登ってみたい沢が幾つも残ってしまうことになるだろう。下棚沢もそういう沢だった。一人で登るには、どこかに不安が残ってしまう、思い切って遡行してみようと思う心に、どこかでブレーキがかけられてしまう。臆病なのかも知れない。遡行できなければ引き返すという方法が有るはずだ。だが、引き返すという選択肢を考慮に入れたくない、それが臆病だということだ。今回は、運良くジョーさんが臆病な私の肩を押してくれた。二人ならまず撤退はないだろう。そう思ったのである。
 下棚沢は、40mF1を巻くつもりであれば、単独行でも遡行できる。そう思える沢だった。とはいっても、それは今回二人で遡行したあとの感想である。未経験で独りで歩くには、やはり結構な度胸がいるだろう。F1上のゴルジュの高巻きに際どい所はないが、緊張する。沢へ戻るには15mの懸垂があった。単独行というのは必要以上に緊張してしまう。だが、パートナーがあれば、その緊張が抑えられ、理性的な判断ができる。これが、グループで歩く長所なのだろう。他に難しい所は、四段20m滝の三段目のスラブだった。ここは、フリクションを頼りに登る他なく、しかも滑る訳にはいかない高さである。ここはジョーさんが先行したが、足元をおさえてフォローした。単独の場合は巻きたいところだが、良いルートはあるのだろうか。スラブを登ることだけを考えたので、高巻きのルートを探索しないでしまった。独りの時は、工夫が必要だろう。
 黄葉が美しい季節だった。中川川の支流の沢は、どこも白い花崗岩で美しい。沢床は花崗岩が崩れた白い砂だ。歩いても土の濁りが出ないので、いつも水が澄んで見える。最近は独りで歩くことは少なくなった。二人で歩くこともまずない。だが、二人で歩くのもいいものだと思った。大勢で歩くのでは得られない緊張感がある。絶えず遡行に直接関わっているという実感がある。この下棚沢の企画は、ジョーさんのものだった。彼の遡行をフォローできたという満足感のようなものが、自分にはあった。幸せな一日だった。

40mF1 右から大きく巻く 右下にジョーさん ゴルジュ出口7m滝 白い花崗岩の滝


三段15m滝が見える 四段20m 三段目が要注意 幅広の明るい沢にナメが続く


満足して中川川の吊り橋を渡る



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