記憶に残る沢5 2011


白毛門沢 湯檜曽川東黒沢 2011.10.16
 前日に土合駅に寝て、次の朝に落ち合って白毛門沢を、そしてその次の日に西黒沢を遡行するという企画だった。鬼怒川の魚沢に続く、今シーズンやっと二回目のウェクラの遡行企画である。せっかく谷川連峰の麓に、半日以上の時間をかけて出掛けるのだから、泊まりで二つの沢を歩こうというわけだ。

 次の日の朝、かなり早い時間にKさんが車で土合駅にやってきた。意気込みが感じられる。Kさんは、前から白毛門沢を歩いてみたいと思っていたという。鹿沼市からやってくるOさん、Yさんを白毛門の登山口で待った。空には白い雲が勢い良く流れていく。ときどき青い空が覗いたが、まだ天気はそう良くはない。予報によれば急激に回復して晴れるはずだったが。
 9時少し前、やや遅い出発だった。これは、Oさん、Yさんが集合時間に少し遅れたためだったが、この出来事が、この遡行にハプニングを生むことになった。本当に偶然というものはそういうものなのだろう。細かくは先の遡行記録で書いたので省略するが、出発時に登山口の駐車場であのヒロタさんを見かけたのだった。同じように白毛門沢を遡行するようで、偶然の一致だった。途中、「花華の滝」で言葉を交わし、さらにタラタラのセン上のナメ滝で遡行が前後した。
 白毛門沢は、谷川の遡行では良く歩かれているようだ。今回の遡行でも、あらためて白毛門沢の良さを感じることになった。白毛門沢は、歯が立たないような難しい滝が少なく、どの滝もそれなりにアタックすれば登れる。かといって、その登攀が簡単というわけでもなく、くせのあるちょうど良い難しさの滝が続く。初級者に人気がある理由だろう。タラタラのセンが唯一高巻く滝だが、多くの遡行者を迎えているために、踏み跡はしっかりある。沢の遡行には、たいがい稜線に達する前に、急傾斜のつらい詰めがあるものだ。だが、白毛門沢の場合には、最後まで岩床が続き、ヤブが掛からない、すっきりした詰めを味わうことができる。詰めの途中の展望も良いので、目先の「岩登り」に夢中になっている間に頂上に着いてしまう。つまり、出合から遡行終了点まで、退屈な箇所のない滝登り、岩登りが続く。それが白毛門沢の魅力だろう。私のような初級者に毛の生えた程度の実力の者には、滑りやすく微妙なバランスが要求される滝もあるので、またそれが楽しい。当日は天候が好転した晴天の下、両岸の黄葉を見ながら登れたのも幸運であった。頂上に着いた我々四人は、心底満足した顔を見せていた。頂上に居た若い二人組が、「沢登りですか」と話しかけてきた。

滑り易いくせのある滝が続く タラタラのセン 左を巻いて上がった



大ナメ滝上の巨石 ここで昼食
大ナメ滝の全容


 その日の夜は、Kさんと別れて、登山口の駐車場にOさん、Yさんと陣取って夕食にした。明日は、三人で西黒沢に挑む。10月でもあり、日の暮れるのは早い。薪を集める時間がとれなかったので、焚き火のない夕餉になった。それでも、久々に三人で楽しい食事を採った。今シーズンはウェクラの遡行が何度も中止になったので、Oさんとは初めての集いだった。来年は、また新たな装いで遡行を継続しよう、と約束をして眠りについたのだった。

詰めに差し掛かる 空は青い 岩を登り続ける まだ少し水がある 石床が続く 頂上まではまだ40分もかかる





西黒沢 湯檜曽川 2011.10.17


 西黒沢は、上流部に登攀の要求される滝がある上、結構な距離があるので、自分たちの足では、日帰りできないかも知れないと思った。天神尾根の1750m稜線に詰めるのがこの沢のノーマルルートだが、時間が足りない場合は、1450mの稜線上にある避難小屋に上がろうと考えていた。残念ながらその予測が当たった。逆層10m滝を越えるのに時間を費やしてしまい、大滝80mと言われる滝の下で、もう二時半を回っていた。そこは、標高1250m地点、幾つかの支流がダイナミックに合流する地点だった。できれば、大滝80mは登ってみたかったが、その時間もとれない状況だった。10月の夕暮れは早い。午后二時半といえば、稜線に達していても良い時間だったので、ここは1450mの避難小屋へ上がるルートをとることにした。標高差200mである。

ゴンドラの下の道をゆっくり歩いて 白鷺滝8m落ち口 四段12m滝



両岸は紅葉の盛り
10m滝 左から直登 5m滝 上手にバンドを使って


 だが、うまくない時はうまくないことが続くものだ。避難小屋へ上がる支沢の選択を間違えてしまった。理由は簡単だ。支沢が集中して本流へ合流する箇所で、地形図上でほとんど同じ標高に4つの支流が合流している。この辺りの情報はほとんど得られないために、事前情報を参考にすることはできなかった。ただひとつ、参考になる遡行図があった。その遡行図を参考にルートの判断をしたが、運悪くこの情報に誤りがあった。だが、その遡行図を責めるわけにもいかない。遡行図はノーマルルートを上がる途中の支沢情報を参考に記入しただけに過ぎないのだから。
 残念だったのは、Oさんが正確にルート判断したにも関わらず、先の誤情報によって「選択すべき支沢は、5m滝の上」と刷り込まれていたために、「滝の上」に出合う支沢をルートに選択してしまったことである。この支沢を上がって達した稜線の標高(1540m)からすれば、正しいルートは、 5m「滝の下」に合流する支沢であったと考えることができる。まあ、ここでルートを間違えた理由をあれこれ回想してもしょうがないが、ひとつだけ教訓として言えることがある。ひとつの情報に縛られずに、その地の地形を総合的に判断してルート判断をすべし、ということだろう。
 幸運だったこともある。間違えて選択した支沢のルートに、前進不能となるような地形が隠されていなかったことである。一箇所だけ、稜線直下で岩に阻まれたが、南へトラバースすることで、容易に回避できた。このトラバースのおかげで、思いがけなくひょっこり登山道に出た。もうすぐ日が暮れ始めようとする時刻だったので、稜線に出たときには本当に嬉しかった。ゴンドラの最終には間に合わないだろうが、下山の時間を正確に読み取ることができた。稜線上で日が暮れ、土合口の駐車場に着いたのは、すでに真っ暗になった午后6時半だった。疲れ切っていたが、三人とも、その日の充実した遡行に満足の顔を浮かべていたのである。


稜線近くから振り返る 大スラブ帯が見える
支沢の出合 間違えてここへ入った




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