記憶に残る沢3 2011


大武川本流 南ア 2011.08.1416
 大武川の遡行計画は二度目だった。実は7月末にも同様の計画をしたのだが、天候不順で中止にした。7月の計画は、さわねの会山行として計画したものだったので、残念だった。この年の夏、週末の天候はめずらしい程の悪天だった。幾つもの貴重な計画が流れた。ところで、お盆休みのさわねの山行参加者は、いつも少ない。今年もそうだった。そんな訳で、大武川遡行の参加者は、タケさん、クマチさんに元さわねのガクさんを加えた4人になった。3人以上の参加者があれば実行しようと考えていたが、4人いればベストだろう。
 笹ノ沢の情報も少ないが、大武川の情報も少ない。南アの沢は、一般に歩かれているとはいえないのだろう。沢の遡行技術見習い中の自分にとっては、情報の少ないのは大いに不安なのだが、南アのマイナーな沢を歩こうというのだから、仕方がないのだろう。大武川の支流には、石空川、桑木沢、篠沢、赤薙沢、赤石沢など愛好家には歩かれている沢があるようだが、どれも難しそうだ。今回は、比較的簡単そうな大武川本流を歩いてみることにした。以前、この大武川沿いには、甲州から信州に抜ける道があったという。だが今では、二ノ沢出合先から赤薙沢出合手前までの旧道が確認できるだけであった。

 前日の夕方、中央線の穴山駅に集合して翌早朝出発ということにした。穴山駅は、降りたこともない無人の駅だが、前日の夜を過ごすのに都合の良い環境があった。夕闇が迫る前にメンバーが集まり、ささやかな前夜祭で遡行の成功を誓い合ったのである。
 早朝穴山駅からタクシーで、大武川沿いの篠沢橋すぐ先の林道ゲートまで入った。ゲートから林道を歩き、二ノ沢出合先で旧道に入る。この旧道は、崩落している箇所がいくつもあって、けっこう難儀する。懸垂下降したところもあるが、たいがいはフィックスロープが残されていて何とかなる。釣り師がセットしたものだろう。事実その日も、赤薙沢出合の先で、二人の釣り師を見た。これには驚いた。大武川で人に会うとは考えていなかったからである。

旧道の崩壊部を苦労して通過する

バカでかい赤薙ノ大滝 左の人と比べると大きさが分かる 水の深みは、いよいよ碧さが増す


 初日の遡行、大武川本流は、思いのほか滝が多かった。日本登山大系の概念図には、大きな滝しか記載されていないが、5m前後の滝がいくつも続く。どれも、白い花崗岩のスラブに青く澄み渡った釜を従えている。水の成分のせいなのか、釜の深さのせいなのか、青味がかった緑色の、宝石のような水を湛えていた。ただ、滑りやすい褐色の苔のために、見た目よりは登攀が難しい。水量が多いこともその理由だろう。傾斜が緩いにもかかわらず、高巻いて通過した滝が幾つかある。だが、どの滝も比較的小さく巻くことができるのがありがたい。釣り師もそう奥まで入ってはいないのだろう。滝ノ沢出合の先には、人の気配が感じられず、高巻きの踏み跡もない。つまりは、現地の地形を見ながら、自分でルート判断する他ないのである。ただひとつ、人間の痕跡が残されていたのは、前栗沢出合手前の、むずかしい6m滝だった。右岸の巻きルートに残されていた朽ちたロープである。今にもちぎれそうなロープだったがありがたい。微妙なバランス取りに使わせてもらった。タケさんが、ロープを回収しようかと提案したが、そのままにした。危険と判断するのか、便利と判断するのかは、遡行者によって変わるだろう。おそらく20年以上経っているロープだったと思う。

四段の滝(5、4、4、5m)の始まり 奥に4mスダレ状滝 小滝だがホールド乏しく苦労する


小滝 水量が多い

鵜の首の滝 直登は難しい

ヒョングリの滝上 6、4、5mのナメ滝が続く 前進不可 戻って右岸を巻いた


 赤薙沢出合の少し手前から、前栗沢の先のその日の泊り場まで、数えてみると33もの滝があった。われわれ4人は、都度、滝の美しさに感嘆した。入渓早々に現れる岩の、その大きさに驚き、20mはあると思われる赤薙ノ大滝のスケールにまず驚嘆した。遡行するにつれて、深みの水の碧さが際立ち、白く泡立つスラブ滝が現れた。思いのほか沢幅は広くない。ただ、曲折する谷に、ときどきに懸かる形と流れの異なる大小のスラブ滝が、大武川の景観を造り出している。両岸の緑も濃く美しい。われわれは、甲斐駒ヶ岳の下に展開される、おそらくは他では見られないこの景観に圧倒されるのだった。小さいながらも磨かれたスラブの滝を越えるには、拙い技術を駆使しなければならない。滝が現れる度にルートを探り、興奮の心を抑えながらホールドを拾った。一度は、両岸高く切り立つゴルジュで、黒ぐろとした巨大な釜に行く手を遮られた。もはやこれまでかと思われる状況だった。だが、ここは、少し戻った左岸に、絶妙なルートを探索することが出来た。この「難所」を無事越えたときには、四人の喜びが一度に弾け合ったのだった。

黒ぐろとした釜に行く手を遮られる 左岸に絶妙なルートが ゴルジュに入る 左に曲がると横手の滝10mで行き止まり


 ひとつだけ、うまく行かなかったことを記しておこう。二日目は、本流が駒ヶ岳へ向かって大きく右折する箇所から仙水峠へ上がり、北沢峠まで歩いてその日の夕刻のバスに乗るはずだった。だが、バス時間15:30よりも一時間遅いペースだった。その日は、北沢駒仙小屋にタープを広げた。特別にどこかで時間を浪費したという感覚がない。ペースそのものが遅いのだろう。ちょうどお盆休みの時だったので、誰も余分に泊まることに支障がなかったのは幸運だった。南アのマイナーな沢を遡行できた興奮を鎮めるには、ちょうど良い一夜だったのかもしれない。小屋のテン場は、お盆休みのシーズンでカラフルなテントでいっぱいだったことを覚えている。彼らは、夜の開ける二時間も前から動き出し、次々に出発していった。おそらくは、甲斐駒へ仙丈へ。



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