記憶に残る沢2 2011


笹ノ沢 南ア神宮川濁川 2011.06.1819
 南アルプスの遡行というと、まず最初にあげられるのは大井川の赤石沢だろうか。尾白川黄蓮谷なども良く歩かれているようだ。だが、どちらも難しい。他には、信濃俣河内(大井川)やシレイ沢(野呂川)の名前を聞くが、他にはあまり思い出せない。南アルプスには、おそらく数百の沢があると思われるが、歩かれている沢はごく限られているようだ。これも、ガイドブックで紹介されたかどうか、というだけだろう。とすれば、南アルプスの沢は、どこも手垢のついていない、人の踏み跡薄い沢ということになるのだろうか。
 シレイ沢は以前会で行っているし、信濃俣河内は短日程では歩けない。南アルプスの沢で、あまり難しくなく一泊で歩ける沢を調べていたら、笹ノ沢に行き当たった。笹ノ沢は神宮川の支流である。神宮川はかつて濁川と呼ばれていたようだ。濁川のほとりにはサントリーの白洲蒸留所がある。濁川ではサントリーの品質イメージを損なう、として改名したという説をどこかで見たが、俗説にすぎないだろう。そういえば、車を運転する間に、この蒸留所の正門に迷い込んでしまい、引き返したのを覚えている。どうでも良いことだけれど、記憶というのは不思議なものだ。効用だけで記憶が作用している訳ではないことが分かる。
 当日は、今にも雨が降りそうな天気だった。小淵沢駅に集合したさわねの面々は、めずらしく大人数だった。10名もの参加者があったが、低く垂れ込める雲のお陰で、なかなか意気が上がらなかった。確か入渓する頃には小雨が降りだしたと思う。
 笹ノ沢は、濁川に落ちる大きな滝から始まる。突然の大滝のために登る気も起きず、そのまま左岸を小さく巻いたのだった。笹ノ沢の滝は、どれも水量が多くダイナミックである。笹ノ沢には15m前後の大きな滝が時々現れるが、ルートを読む力があれば、おおむねどれも苦労せずに高巻くことができる。滝は直登できるものもあるが、どこも水との戦いを覚悟しなければならない。中盤には、水流沿いを突破すれば楽しいと思うような小ゴルジュも現れる。そういう点では、笹ノ沢は夏向きの沢なのかも知れない。沢床は白い岩と白砂におおわれ、濁川の名前に似合わず、水は美しく澄んでいる。


小ゴルジュを突破する 今日は水量が多い
大堰堤手前 濁川の左岸から入る笹ノ沢10mF1 
ここから大きな滝が続く


 降りだした雨はやまず、タープを張った黒津沢出合の段丘では、楽しみにしていた焚き火も満足にできす、タープの下の夕食となった。やっぱり沢の遡行には、焚き火が欠かせない。着てるものが乾かないばかりか、焚き火がないと求心力が失われ、いつまでも心が濡れたままだ。せっかく多くの仲間が集まったにも関わらず、交流もままならないのが残念だった。黒津沢の出合左岸には、テン場に理想的な段丘がある。雨でなければ盛大に火が燃やせるだろう。時節がら、出合いに咲いていた九輪草が、鮮やかに記憶に残っている。


九輪草が白砂の沢に似合う
黒津沢出合に幕 少し雨が降っている


 笹ノ沢の変化のある渓相は、おおむね黒津沢出合で終了した。次の日の遡行は、滝の少ない穏やかな谷をゆったりと歩いた。1380m付近で右俣のアレ沢に入った。新緑の萌える谷に、時々現れる小滝や両岸の支流から落ちる白い花崗岩の滝を見物しながらの遡行だった。どこまでも白砂の降る広く平和な谷だった。1470m付近で右岸から入る沢は、12m以上の多段の滝を抱えていて、そこを歩く誘惑に駆られそた。
 途中、踏み跡も定かでなく、両岸切り立つ処も出てきて、ルートに不安を感じた。だが、アレ沢の広い本流を忠実に詰めると苦労せずに稜線に出られた。この谷を、いつか快晴の時に、アレ沢ではなく本流を詰めてみたいと思う。南アルプスの人の少ない沢を探し、静かに歩いてみたいというのが、これからの望みでもある。

アレ沢1470m付近 右岸から多段12m滝が落ちる アレ沢1500m付近3mCS 穏やかな渓相が続く




金山沢大荒川谷 奥秩父入川 2011.07.1618
 大荒川谷は、何度も遡行の検討に上がってきた沢だが、その都度決断できずに、遡行対象から外されてきた谷である。最初の頃は、たぶん全体を通して難しいという判断だったと思うが、次第にそういう心配は薄れ、体力的な心配に変わっていた。金山沢大荒川谷の遡行は、一泊二日で歩く人が多いようだが、長いアプローチと下山の時間を考えると、どうしても自分には歩けないと思えるのだった。うまい具合に、7月に三連休があった。二泊三日ならゆったりと念願の大荒川谷を歩けると考えた。さわねの中にも同じような考えの人が居たので、誘い合って出かけたというわけである。Tさん、Kさんが参加、横山さんとタケさんが加わってくれた。心配だったのは、まだ梅雨明け前の天候だったが、われわれの思いが伝わったのだろう。初日から快晴の絶好の山行になった。
 初日の核心は、遡行というよりはアプローチにあった。赤沢谷出合から柳小屋へ向かう登山道のきつい登りには正直まいった。これは自分ばかりではない。一緒に歩いたメンバーも、結構よろけながら下りの始まる小尾根越えまで登ったのだ。これだけは、当日の快晴の暑い天候が災いした。まだ、遡行が始まっていない前から、先の行程が思いやられるのだった。
 金山沢入渓後は大きな滝は出てこないが、どの滝も水に磨かれていて、緑の苔が生えている。釜は深く、いかにも滑りそうなので、小さな滝でも油断できない。その分通過する面白さはある。低い滝ながら、どこも結構真剣になって遡行した。その日は、ゴルジュを越えた先の河原にようやくタープを張った。すでに、午後四時を回っていた。その夜は、薪が豊富で思う存分焚き火ができた。

入川 登山道から入川へ降り、金山沢へ入渓する 金山沢 滝は小さいが、どの滝も釜は深く難しい


 二日目も素晴らしい天気だった。立派な直瀑、ゴンザノ滝が最初の難しい滝になる。この黒い滝は、ゴンザレスの滝とも言うようだが、その由来は分からない。なぜ外国人の名前が付いているのだろう。左岸を20mほど上がると、巻き道があった。ゴンザの滝の上の滝も一緒に巻いて急斜面をクライムダウンした。この先でゴルジュになった。ゴルジュの通過は少し心配していたが、左岸にしっかりした巻き道があった。この先で、二俣となり、右俣がようやく大荒川谷になる。左俣は、8mほどの滝を懸け、豊富な水量を落としている。これが、小荒川谷だ。どこか遡行してみたくなるような雰囲気だった。

ゴンザノ滝 左岸を戻り巻き道を探す 小荒川谷出合(後ろ)をあとに、いよいよ大荒川谷へ


 大荒川谷に入ると10mほどの滝が次々に現れる。いよいよここからが、今回の遡行のハイライトである。二日目にして、ようやくわわわれは、大荒川谷の核心に辿り着いたのだった。遠目には難しそうな滝が多いが、どの滝もその近くによれば、どこかにルートを読み取ることができる。きわどい登攀が要求される難しい滝はない。どの滝も、正面からトライできる面白さがある。どんなに、美しい滝であっても、沢屋というのは、滝を見るだけでは満足できない。できるなら滝を登りたいと考える。そういう点では、この大荒川谷は、滝の登攀を様々に満足させてくれる沢である。
 どの滝もそれぞれに美しさを湛えていたが、二段12m、緑の滝はとりわけ美しい。下段の水流が幾すじにも光を帯びて分かれ、岩に付いた緑の苔が木漏れ日に輝いていた。今まで見たことのない、神々しい滝の景観がそこにあった。

二段12m緑ノ滝 緑の苔が輝いて見える 15m滝 Tさん(小さく見える)先行でセカンドを確保


 1800m付近の三俣がその日のテン場となった。計画の中では、遅れ気味のペースであったが、想定内ではあった。ここまでくれば、長年考え続けていた大荒川谷の遡行も完成間近だった。あすは、稜線に上がって、車をデポしてある雁坂トンネル山梨県側に下ればいい。じゅうぶんに射程内だ。その夜は、遡行完成の喜びに、遅くまで焚き火を炊き続け、いつまでも和やかな会話がやまなかったのである。

1800m三俣 今日の泊り場 遡行の満足に浸る




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