記憶に残る沢1 2011


岩水沢、金山谷 丹沢神ノ川 2011.05.0304
 春の沢が最も美しくなるのは、山が新緑に萌える頃だろう。丹沢の五月連休は、この芽吹きの時季である。薄い緑の芽が、針のような葉をいっせいに開き始める。さわねの五月連休は、春山と相場が決まっている。だが、今年も昨年に続いて、この時季にガクさんと神ノ川の支流を歩いた。今年は、moguさんが加わっているので少しにぎやかだ。予定は、岩水沢と神ノ川本流とい言える金山谷の遡行である。車を置いて歩き始める時、楢原さんは渓流シューズを家に忘れたことに気が付いた。あれーっという感じだったが、どうにかなる訳ではない。今日のキャンプ地、広河原へ向かった。そのせいだろう。ガクさんのアプローチの歩みが嫌に遅かったのを覚えている。ガクさんの心境を思うと無理も無いことだろう。ガクさんは今日の食事当番だったので、荷が重かったというのもあったのだが。
 ところで、今思えばガクさんとの会山行は、これが最後だった。もちろん、その時は、それが最後だとは思ってもみなかった。そのあと6月に会の例会山行が南ア・笹ノ沢であったが、ガクさんは首のヘルニアで急遽不参加になった。そして、そのあとガクさんはあっさり会を去ったのだった。一つのことが起こる理由は、表向き単純に見えるが実はそうではない。心の底に何か澱のようなものが少しづつ堆積して、その堆積物がある閾値を超えることによって心が瞬時に割れる。そういうものだと思う。まあ、そんなことはどうでもいい。このガクさんがさわねを去ったことは、私にとっては痛恨の出来事だったのである。
 結局、一日目はmoguさんと私が岩水沢を遡行することにして、ガクさんはテントを守ることにした。確か、竿を持ってきていたので、少しは時間が潰せるだろう。広河原はどこでもテントを張ることができる。その日は、神ノ川が上流に向かって右へ大きく曲がる少し手前に幕営したのだった。背後に木の生えた河原にテントを張った。見渡すかぎりの河原だった。広い。天気の良い日だった。気持ちが洗われるような春の丹沢だった。
 広河原の野営は、快適だった。岩水沢から帰ると、すでにガクさんによって火が起こされていた。薪は上々に乾燥していた。うろ覚えだが、ガクさんは小さい獲物を釣り上げて、すでに胃袋のなかに入れたと言っていた。寒くもない暑くもないこの時季、焚き火を囲んでの歓談は、至上の喜びのように感じられた。呑むほどに広い河原が巨大な闇の塊になっていった。ときどき、左岸に鹿の鳴き声が澄み渡った。
 一体何を話したのだったか。だが、そんなことはどうでも良いかも知れない。人と話すことが、自分の心を閉ざすことと同義であると感じて、もう久しい。話すことによって自分の心が開かれ、話すことによって相手の心が開かれていくのを目の当たりにするのは、われわれの本源的な喜びのように感じるのだった。原初の炎を前にして、われわれの祖先もこのように語らったのか。今までの山の体験をガクさんと
moguさんが、丁々発止とリレーする様は、なかなか面白い。何か上質なショーでも見ているようだった。だけど、何を話したか、聞いたかがさっぱり思い出せない。もしかしたら、何をどのように語るかということではなく、実は、語るというその事がわれわれにとって重要なことなのかも知れない。そう思った。
 途中で雨がぱらついてきた。急いで焚き火をタープの横に移動して再び炎を育てた。思いのほかうまく行って、三人は遅くまで焚き火のそばを離れなかった。


魚止めノ滝5m 5月の朝は寒い。右岸を巻いたのだが。 中盤のゴルジュ 小難しい滝が続く

 岩水沢は、moguさんと二人で歩いた。最初の12m滝は、今年初めての大きな滝の登攀だったので少し緊張した。その次に出てきた13mトイ状滝は直登が難しい。巻き道は把握していたが、ここは「冒険」してみようと思いたった。moguさんに聞いてみるとOKだったので、新ルートを「開拓」した。13mトイ状滝手間に左から入る支沢を登ってから、本流へ戻るという構想だ。地形図を検討すると、これが最も合理的に見えた。だが、この冒険で、地形の読みを間違えてウロウロした。それでもそう苦労せずに、懸垂で本流へ戻ることが出来た。とはいっても、戻った流れが本流なのかどうかに自信がなく、しばらく歩いてから本流に間違いがないだろうと判断する始末だった。新緑の芽吹く季節、岩水沢はその名の通り水と岩の綺麗な沢だった。1000m付近で水は涸れる。
 金山谷は、神ノ川の本流にふさわしい渓相をしている。水が豊かである。この谷は、釜の深い5mF1、魚止めノ滝にまず行く手を遮られる。この滝は、釜に入ってから、左の窪を上がりCSを左に交わせば上がれるはずである。だが、5月とはいえ、早朝の水は冷たい。しかも窪を落ちる水の量も多い。見ただけでも身震いした。結局ここは右岸の濡れたバンドを上がることにした。ここがその日の核心だった。今にも滑りそうな外傾バンドを、古く頼りない残置ロープに体を預け、だましだまし這い登ったのだった。
 金山谷の岩と水は、岩水沢に劣らず美しい。水量も多いために、想像以上の景観が現れる。谷を歩くに従い、自ずと喜びに浸される。アプローチシューズで遡行を始めたガクさんは幸運だった。この谷は、苔がなく岩のフリクションがすこぶる良い。浅黄色に芽吹いた樹木が被る中盤のゴルジュは、なかなか豪快だ。水流沿いは登れないので、ルートを慎重に読まなくてはならない。ゴルジュ出口の15m滝には、絶妙な巻き道がある。巻き道には、淡桃のツツジが、ひっそりと咲いていた。

ゴルジュ出口の15m滝の手前 ツツジが咲いていた


ヒダナ沢 奥秩父入川 2011.05.14〜15
 ヒダナ沢は、入川の支流である。ヒダナ沢は、「日棚沢」とどこかで見たように思うが確かではない。入川沿いの林道を一時間少し歩き、赤沢谷出合から入川を遡上する。ヒダナ沢の遡行で最も印象に残ったのは、アプローチのこの入川の遡行である。赤沢谷出合からしばらくは、左岸の踏み跡を辿ることができる。しかし、じきに前進不能になり入川に降りる。
 入渓早々に徒渉を余儀なくされるが、この徒渉がなかなか怖い。足元が強い力でぐいぐい押されるような感じがする。できるだけ浅瀬を渡るが、それでも膝上ぐらいはある。おととい降雨があったが、そのせいもあるのだろう。川底の石は不安定で、ちょっとバランスを崩すと転倒するような水の勢いである。入川の水は重い。そう思った。考えてみれば、水の勢いが支配する沢を歩いたことがなかった。隣の滝川を歩いた時に少し感じたことはある。だが、この勢いはない。しかし、昨年入会した松江さんやゲストのSeさんは、何事もなく徒渉する。経験の差なのだろう。


 この重い水を何度も徒渉しなければならなかった。ときには、松江さんにスリングを出してもらいながら。男性に比べて上背のない高貫さん、moguさんは苦労した。時には手を差し伸べ、棒切れを伸ばして確保した。だが、面白いものだ。苦労して徒渉を続けると、その徒渉のコツのようなものが自然に会得できてくる。片足を下流に踏ん張りながら歩くと安定するようだった。途中流れが大岩で狭まる急流のゴルジュがあった。ここは「難所」だ。とても流れの中を進めない。右岸のバンドを上がり、ちょっと怖いところを振り子トラバースで抜け、4mほど懸垂して本流へ降りた。降りた先の流れも強い。
 予定の倍の時間をかけて、ようやく魚止めノ滝ともいえる立派な滝のあるヒダナ沢出合に着いたのだった。もっとも、この出合いは中小屋沢と呼ばれている。この出合を200mほど遡ると二俣がある。この左俣が中小屋沢でその右俣が今日遡行するヒダナ沢だ。この出合いではじめて、両岸の新緑の美しさに気が付いた。まさに新緑の萌える谷を歩いていたのだったが、その美しさを感じるゆとりがなかったのである。満たされた気持で、春の日差しを浴びた。それでも寒かった。体の半分はずぶ濡れだったのだから。
 出合いのゴルジュは右を巻いた。ここは、なかなかの急登である。木の根を頼りに登り、左に谷の音を聞きながら歩く。流れに降りられる箇所は限られる。中小屋沢とヒダナ沢の二俣付近が良い。ゴルジュには難しい滝がいくつかあるようだが、全て巻いたことになる。

二俣 左俣(正面)中小屋沢 右俣はヒダナ沢


 ヒダナ沢に入渓して早々に小難しい滝がいくつか現れる。この滝はなんとかなる。その先で五段の難しそうな20mほどの滝が現れた。滝は手掛かりがなく、とても登れない。右岸の高巻きは難しい。ここが核心といって良いだろう。松江さんにリードをお願いした。滝下の倒木を越えて左岸のやわらかい斜面をトラバース気味に上がり、30mロープをいっぱいまで伸ばす。さらに岩をトラバース、1ピッチ伸ばして落ち口を覗く。ブッシュにロープを掛けて6mほど降りて落ち口へ到達した。落ち口から見ると、ここは、やはり右岸の巻きは難しい。左岸を高巻くしかないだろう。ほとんど人が入っていないようだ。高巻きの途中、どこにも踏み跡らしいものはなかった。

五段20m滝 下の三段が見える 右をトラバース気味に上がる




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