標高800m付近 苔の付いた岩が滝をつくる



地蔵堂川遡行 
伊豆天城
2011年8月7日
単独

遡行図  なし

コースタイム
640m堰堤上二俣9:17−750m支流出合12m滝10:04−二俣10:42−左沢水源10:47

 伊豆、修善寺の南9kmのところに湯ヶ島温泉がある。湯ヶ島温泉のさらに南東7kmに天城山がある。天城山とは、万二郎岳(ばんじろうだけ)と万三郎岳の連なる辺りを指すようである。万三郎岳は伊豆半島の最高峰と言われており、標高1405mである。日本百名山とも聞いている。

 さて、このところ遡行計画の中止が重なり、三週間も沢を歩いていない。天候の方は、相変わらず晴天の夏空を見ること無く、梅雨明けの前のようなすっきりしない空ばかりである。誰とも約束をしていない7日に、どこか歩こうかと思った。出来れば近くが良い。丹沢でも行こうかと考えたが、ここに登りたいという所が思い浮かばない。そこで、またまた伊豆の地形図をにらんで、適当な遡行をイメージすることから始めた。伊豆には遡行できそうな沢はもともと少ないと思われる。大方が、起伏のゆるやかな丘陵地が多いこと、林道や作業道が縦横に行き交っていることが理由である。ひとの手の入っていない自然の中を流れる渓を見つけようとするとなかなか難しい。
 最初、土肥峠に絡む達磨山の西面の急流を遡下降しようと思っていたが、ふと万三郎岳の北を流れる地蔵堂川が目に入った。万三郎の北面だけが、等高線が緻密に描かれている。谷があることが分かる。地形図の水線もかなり上部まで描かれている。流れは標高640m付近で二手に分かれ、更にその上で分岐している。主流は天城山の稜線まで達しているのが分かる。もしかしたら、百名山の万三郎岳をその北面から遡行して頂上に立つことができるかも知れない。そう思った。そうだとしたら面白い。早速現地を歩くことにした。なお、地蔵堂川は修善寺の少し南で伊豆半島最大の河川、狩野川(かのがわ)に注ぎ北上、伊豆半島の西の付け根、沼津市の市街を抜けて駿河湾に注ぐ。
 現地まではゲートもなく、車で入ることができた。修善寺から冷川へ県道を走り、八幡で南に針路を変えて地蔵堂へ向かう。そのまま舗装道路を南下する。次第に幅の狭い道路になるが、舗装路が途切れることはない。標高670m付近の林道の分岐で左の林道にゲートがあった。右にはまだ舗装路が続いている。ここまで、車で入れれば、入渓点は近い。地蔵堂川の640m付近の二俣を入渓点と決めていた。地形図の水線は、右俣のほうが長く900m付近まで伸びている。左俣は730m付近で途切れている。だが、水線がなくても水の流れている谷は多く、地形図の水線だけで水の量を推測することはできない。現地を見て遡行ルートを決めようと思っていた。左俣へ入れば、1100〜1150m付近で万三郎北面の登山道へ当たり、右俣へ入れば、1300mの主稜線に達するはずである。
 林道の分岐に車をおいて、右の林道を地蔵堂川の方へ下がった。5分も歩けば、地蔵堂第三堰堤の看板がある。大きな堰堤が見える。地形図によれば、この堰堤の上が二俣のはずである。谷は深いが薄い踏み跡にしたがって沢に降り立った。確かにそこは二俣だったが、左俣には全く水が無かった。ここは選択の余地がない。かなりの水量のある右俣へ入った。

この下に堰堤がある その上が二俣になっているはずだ 9:17大堰堤の上に降り立ち、水のない左俣を見る

右俣は水量がある。 淵をへつり進む岩は滑りやすい。


岸の上にあるワサビ田からおばあさんが挨拶をしてくれた。ワサビ田の橋や梯子が見える。ビニールなどの人工物が目立つ。 この小さな滝の向こうに大きな滝が見える


大きな滝5m  右の岩を濡れないで登ることができた。踏み跡があるので、釣り人が
歩くのだろうか



2m滝 小さい滝が続く
3m滝 この辺りも左岸にはワサビ田がある



ワサビ田の軌道が渡る 石が滑り歩きにくい
小さなナメが現れた



一度右岸へ上がるとワサビ道がある この道を歩いて再び沢へ降りる
沢へ降りると3m程のゆるやかな滝 この辺りでワサビ田が無くなるのかも知れない


左前方に大きな滝が見える 10:04右岸から12m滝が注ぐ 本流は右で水量が減る  遡行にふさわしい渓と見てこの滝を登てみるが、この上もワサビ田が連なっている



苔の生えた岩の間を水が落ちる。多湿の沢の雰囲気が。左岸には簡易軌道が走る。この辺りもまだまだ、ワサビ田がある。
本流 釜のある3m滝 右から巻き気味に登る


850m二俣左沢 放棄されたワサビ田が続く
右沢は水がないので左沢を遡行する
10:47標高900m ワサビ田が無くなり、
水が少なくなる  今回の遡行はここで終了 
青い苔のびっしりついた石が並んでいる



 地蔵堂川は、水のある限りワサビ田が続いていた。こんな不便な所にと思うような奥まで、ワサビ田がある。そのためだと思う、遡行中にも人間のにおいのする沢である。ワサビ田で使ったと思われる、人工物、ビニール袋、ワサビ床に使う塩ビのパイプ、ホースが目に付く。人工物が日常の空間にある場合には何の違和感もないが、自然のなかにこれらの残渣があると興ざめである。地蔵堂川は、経済の原理により、ワサビ田が造られるまでは、穏やかな美しい渓であったものと想像できる。だが、史実によれば、伊豆のわさびは270年前から湯ヶ島で栽培されたとある。相当に古い歴史だ。戦後の我が国の経済発展が極に達した1990年、ワサビ価格が暴落したとある。おそらくは、ワサビ田が放棄され始めたのは、その頃ではないかと思う。
 最近は、簡易軌道・モノレールが山肌いたるところに施設されている。設置が簡単なためであろう。だが、撤退時には経済的なメリットがないためそのまま残される。かくして、日本中、軌道の残骸が残されるのではないかと心配する。軌道が走るのはどうやら私有地だけではない。河川に沿って、河川を跨いで縦横に施設されている。
 地蔵堂川右俣は、奥ノ二俣で右沢には水が涸れ、水のある左沢には放棄されたワサビ田が連なる。この川は、水がある限りワサビ田が続く。標高900m付近で水流は細くなり、苔の付いたゴーロに沢が消えていた。稜線までまだ400mの標高差がある。沢伝いに稜線まで上がることは難しいと思われる。きょうの遡行は、900mで終了にした。

 下りは、左岸の軌道沿いに作業道が続く。標高750m付近からは右岸に変わる。これは、かつてワサビ道として、収穫したワサビを背負って歩いた道なのだろう。今では、沢筋を鉄製の軌道が走っている。
 万三郎岳への沢コースを夢見たが、地蔵堂川は途中で水が枯れてしまうので、登頂の沢コースとしては向いていない。万三郎の南面を流れる川久保川も可能性はあるが、地形図を見る限り、山頂近くまで水流のある可能性は低い。


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