11.03.05 支点の撤去とヴィアフェラータ



ドロミーティの山々 (旅行社の案内から) この山々にヴィアフェラータが (旅行社の案内から)



 昨年、湯檜曽川の支流である袈裟丸沢(ケサ丸沢)を歩いた時のことである。ケサ丸沢の大滝は、この沢の出合いの滝5mを越えたすぐ先にある。この大滝25m滝を左から登り、落ち口高さをトラバースして小さなカンテを越えて滝の上へ降り立った。後続の二人を確保する必要があったので、大急ぎで支点を探した。だが、一年前に有ったはずの支点が、どこにもないのだった。確か、がっちりと効いた二本のハーケンがあったはずなのだが。後続の二人とはカンテを隔てて見えない位置にあり、滝の落ちる音でホイッスルも聞こえない。あわてた。だが、幸い支点になりそうな細いブッシュを見つけ、後続を確保することができた。
 こういうことはよく聞くことで、議論しつくされたことであるのかも知れない。丹沢などゲレンデと考えて良い沢でも、支点を片付ける者がいるという。「岩に人工物を残すべきでない。支点は回収すべきだ。」おそらく「善意」の行為なのだろうと思う。だが、この「善意」は戴けない。なぜなら、その支点を必要とする者もあるからだ。登山者は登攀の技術に優れた者もいるが、そうでない者もいる。それは考えて見ればすぐ分かることである。残置支点に対しては、その安全性や必要性の観点から、また自然保護の観点から否定する者のあることは知っている。だが、安全性や必要性は登山者が個々に判断すべきことであり、自然保護に至っては、針小棒大の妄想に過ぎない。それは登山に対する考え方の違いである。他の者もそれに従わなくてはならないというものではないと思う。しかも、初級の沢でなぜこういうことがされるのか分からない。残置支点の撤去は、「自然の造形のみをホールドやスタンスにして登る」というフリークライミングの思想に憧れる、中途半端なクライマーの仕業だと思う。そんなことは、ヨセミテか一ノ倉沢にでも行ってやってもらいたいものである。

 正月、1月2日の夜、登山家メスナーが誘う「魅惑の岩峰ドロミーティ」というような題でBS放送をやっていた。偶然見た番組でしかも途中から見たので、はっきりしないところがあるが、メスナーが登山者をガイドする場面を撮影した番組だった。世界遺産に登録されているドロミーティ山群(最高峰3342m)は、東北イタリアでオーストリアとの国境近くにあるらしい。少し調べてみると東アルプスに属し、いわゆるチロル地方で、そのイタリア領をドロミーティと呼ぶようだ。ヴェネチアの北100km辺りに位置する。
 番組では、この世界遺産ドロミーティに展開されるヴィアフェラータ(via ferrata)*1を紹介していた。調べてみるとvia ferrataのviaは“街道”、ferrataは“鉄製の”、というような意味である。ferrataは、英語で言えばferrous(鉄の)ということになるのだろう。「鉄の街道」とでも訳せばよいだろう。だが、いわゆる鉄道のことではない。東アルプス、ドロミイーティの岩稜地帯に張り巡らされた登攀のためのワイヤーやハシゴの登山ルートを指すらしい。ロッククライミングには、やや自信のない登山者が、この「鉄の街道」によって自身を確保しながら、クライミングを楽しもうという、そういう登山ルートである。番組を見ていて、これは面白いなと思った、自分のように岩登りが苦手な人間でもアルプスのロッククライミングを楽しめるというのだから、こんな素晴らしいことはない。ルートの全てに確保の支点が「完備」されており、操作を誤らなければ墜落の危険性はゼロに近い。だが、垂直に近い岩場を攀じ登るスリルは、相当なものである。これを登山と言って良いのかどうか、疑問を持つ人があるかも知れないが、人によっては、これでも十分な登山と考えると思う。危険なルンゼをトラバースする地点には鉄のハシゴがかけられ、ツルンとした岩場のルートには金属製の出っ張り、スタンスが設けられている。だが、登るのは自分であるし、映像を見る限りでは、ロッククライミングをしているときに経験するであろうスリルや山稜から麓を望む景観は同じものである。
 ドロミーティを訪れる登山者は、登山電車やゴンドラに乗ってヴィアフェラータの出発点に上がり、登山を楽しんだ後には小綺麗な山小屋で宿泊するといういかにもヨーロッパらしい合理主義に貫かれた遊びというかスポーツである。ドロミーティには、伝統的なロッククライミングのルートもあり、この新種のスポーツと共存しているというのも興味深い。このヴィアフェラータの様子は、ウェブで検索して動画みることができるので、興味のある人は覗いてみてほしい。

 さて、ケサ丸沢の大滝の支点を抜いた半端なクライマーは、このヴィアフェラータをどう見るのだろうかというのが、今回のテーマである。憤慨して、「鉄の街道は撤去しろ」と叫ぶのかどうか。「自然の破壊だ」と、エコロジストを気取るのかどうか見ものである。いずれ、初心者向けの支点を「善意」か変な正義感で、ちまちまと撤去して歩く者は、本物のアルプスでヴィアフェラータの風にでも吹かれて、正気になったらどうかと思う。圧倒的な思想で語りかけるこのvia ferrataを前にすれば、自分がどれだけちまちました思想に翻弄されているか気が付くというものである。
 この、ヨーロッパアルプスのヴィアフェラータの「思想」をどのように読み取るのかは、多分個人によって異なるのだとは思う。このヴィアフェラータをウェブで調べてみたら、マレーシアのキナバル山(4095m)にも造られ、世界から「登山者」を集めているらしい。現地参加であれば、4〜5万円(現地までの交通費と登山中の宿泊費を含まない)で体験できるようなので、安いと思うがどうだろうか。なお、日本からのコミコミのツアーだと25万円と高額になるので、少し考えてしまう。今流行の格安航空券を使えば結構安く行けるものと思うが。いずれ、世界でも最も現金を持っていると言われ、かつ登山人口が他のアジア諸国に比べて圧倒的に多い*2日本の登山者が、このキナバル山のディアフェラータを見逃すはずがない。日本語の旅行ガイドを見ていると、結構日本人が入っているように見える。
 もしかしたら、そんな外国に行くぐらいなら日本にこのヴィアフェラータを作ってしまえという人間だって出ないとも限らない。一ノ倉沢の衝立岩や甲斐駒の赤石沢奥壁に造られたヴィアフェラータを攀じる自分を想像すると何故か楽しくなってしまうが、アルプスやキナバルのヴィアフェラータに比べるとちょっとスケールが小さ過ぎるかな。


   ケサ丸沢大滝25m 滝左の草付きを落ち口に上がる
   一年前の時より水がかなり少ない



*1 ヴィア・フェラータは登山家やロック・クライマーにしか到達できない、景観豊かな山岳部分へのアクセスを可能にし、通常の登山では味わえない達成感、興奮そして美しい景観を与えてくれる。

*2 日本生産性本部が発表した「レジャー白書2010」によると、09年の日本の登山人口は推計1230万人。前年比2.1倍に急増した。



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