記憶に残る沢2 2010


赤岩沢 鬼怒川黒沢 2010.7.2〜3
 みんなで登ろうとする沢を選定するのは難しい。他でも書いたが、簡単過ぎてもいけないし、難し過ぎてもいけない。自分たちの実力にふさわしい沢がちょうど良い。だが、そんな都合の良い沢は、そう有るものじゃない。この赤岩沢は、我ながらこの条件を満足したと思う数少ない谷であった。
 そのせいだろうか、めずらしく自分を含めて5人の参加者が有った。だが、間際にガクさんが行けなくなったのは残念だった。Tさん、ジョーさん、Kさんと私が、鬼怒川温泉駅に集合。女夫淵温泉まで車で入った。赤岩沢の出合までは、女夫淵から林道を辿る。出合からしばらくは、ゴーロ歩きでぱっとしない。変化の無い沢歩きだった。だが、ナメが現われ小滝が現われ始めると、ガラリと渓相が変わる。
 はじめての滝らしい滝、6,5,4mの連瀑を緊張して越える。と、遠方に巨大な滝が迫っている。なおかつ、その前衛に二段9m、三段10mの滝が待ち構えている。前衛を越えると巨大な大滝40mである。見ただけで身を固くしてしまうような威圧感がある。うーん、これを登るのか。出合からリードして来た高橋は、登れるところまではそのままリードしなければならないだろう。下段10mは越えたが、上段は難しい

   大滝40mの全景  手前が下段10m、緩斜面を経て上段30mが小さく見える。下段、
   上段とも水流右を登った。上段巻きのルートは、右岸ブッシュの中、細流沿い。


 上段30mは、落ち口が見通せないほど立っている。飛沫で水流際の岩がテラテラ光って見える。自分を除いた三人は、さわねで屈指のクライマーばかりだった。ラインを読み取っていたジョーさんとTさんの返答は、同時だった。「登れるよ」。Tさんは、若いジョーさんにリードを譲った。
 ジョーさんは、自身で思い描いた水流右のルートを上がっていく。我々三人は下から見上げる。頭上は空だけだった。中盤で動きが止まった。ホールドが乏しいのだろう。逡巡の末、その姿が小さくなり、やがて流れの向こうに消えた。ロープの動きが止まってから、しばらく待ったが合図がなかった。というよりは、水の砕け散る音で合図が聞こえるはずもなかったのである。待機していたTさんが、登りはじめた。「上で確保はしているのだろうか。」自分には登れまいという思いと、上部の様子を知りたいという二つの理由で直登をやめ、巻きに入った。まず、迸る滝を右岸へ渡る。ずぶ濡れになった。急いで、巻きのルートを探った。運よく、右岸ブッシュの中、細流沿いに格好のルートを得ることができた。急斜面だが、木の根の確かなホールドがあった。細流を辿りブッシュを抜けると、落ち口でジョーさんがロープを手繰っていた。Tさんはすでに上がり、Kさんが登攀の準備をしていた。Kさんは流れの下に小さく見えた。下から見た以上に滝は迫り上がり、厳しい登攀であることが分かる。

Kさんが登攀開始 小さく見える

 赤岩沢の最大の核心は、まさにこの大滝の登攀であった。そして、その上からは、この谷で最も美しいナメやナメ滝が続くのだった。もちろん我々は、核心を越えた喜びもあって、狂喜してこの美しい渓谷を遡上したのである。
 次の日下降した魚沢も滝の多いナメのきれいな谷であった。明るく晴々とした思いで豊かな流れのナメを歩き、時には懸垂を駆使して下降した。魚沢は、途中から林道へ上がったので、いつか完全遡行し黒沼田代を経て、黒岩山の頂上に達したいものだと思う。実現するだろうか、自分にはもう時間が無いように思うが。


オロオソロシ沢 鬼怒川 2010.7.1011
 地図を開いて奥鬼怒の谷を見ていると、歩いてみたいと思う沢がいくつかある。前週に赤岩沢を歩いたが、オロオソロシ沢もそのひとつだった。奇妙な名前も魅力だ。7月にウェクラの山崎さんと歩いた。今回は二人きりだ。女夫淵温泉から日光沢温泉を目指して、暑い山道を歩いた。ひなびたと言うにふさわしい日光沢温泉を過ぎて、吊り橋を右岸に渡り、やっと今日の泊り場に着いた。堰堤の上の河原が絶好のテン場だった。女夫淵温泉から二時間半掛かったことになる。焚き火にあたりながら、山崎さんととじっくり話をする。

出合いすぐの連瀑 奥が12m 水流右を登った
 初めて歩く沢というのは、いつも緊張する。オロオソロシ沢の出合いは、テン場のすぐ先にある。早々に見事な連瀑に会う。最初から緊張したが、水流沿いを何とか登った。この上も、大きな滝が続く。だが、どの滝も水流沿いを登れるので爽快である。最初の連瀑12mから始まって、その上15m、三段20mと大きな滝、そしてそれらに従う前衛、後衛の滝が連続する。これだけ滝が続く沢はそう無いだろう。これら一連の滝が、オロオソロシノ滝である。落差100mともいわれる大滝だ。対面の鬼怒沼へ登る登山道の途中から見えるという。
 この連瀑帯を過ぎると穏やかな渓相に変わる。だが、4〜5mの滝が随所に現れて退屈しない。対面に見えるヒナタオソロシ沢は、前日試みに少し登った。いくつかに沢が分岐していて、しかも大きな滝が続く魅力ある沢のようである。この沢をもう少し探検するのも面白いかも知れない。標高差300mに満たない短い沢だが水量豊かで急峻である。鬼怒沼の水が山腹から湧き出しているのだろうか。いつか水源を見たいものだと思う。


細尾沢 中央アルプス正沢川 2010.8.1〜2
 ひとりで歩く意味は、いったい何処にあるのだろうか。おそらくそれは、緊張であり、判断の鋭さであり、達成感の倍化であるだろう。ひとりで歩くことに伴うのは、すべて「ひとり」で考え判断して行動するという厳しさである。人の気配のない、日常とは異なる自然の中に入り込んでゆくとき、緊張はもう始まっている。圧倒的な水量を前にしたとき、見上げるような大滝を前にしたときに、緊張は極度に高まる。だが、ひとりで歩き始めた以上、前へ進むか、退却するかしかない。どのようにして、圧倒的な水量をかわすのか、直登できない大滝を越えるのか、その決断を寸分も誤るまいとする自分がいる。ひとりの場合に、わずかな過ちが、自分を危機に陥れることを知っているからだ。だから、ひとりは、慎重過ぎるほど慎重だ。高鳴る鼓動を感じ取る余裕も無くし、奔流を避けて大岩を巻き、高巻きに渇いた喉を潤すこともできずに、ブッシュの根元に体重をかける。いつ開けるのだろうかという思いが、いつも自分を支配する。無心に登ることはできないのだろうか。

迸る正沢川本流 水量が多い

 細尾沢は、豊かな水が迸る正沢川本流を辿った先にある。正沢川は、巨岩の要害を抱えた豪快な谷であった。細尾沢は正沢川の支流ではあるが、主峰駒ケ岳に源頭を現すことを考えれば、こちらが主流と言ってもいいだろう。細尾沢は、駒ケ岳の北面に詰め上げる岩床の沢だ。随所に大きく緩やかな滝を懸けていて、明るく美しい。
 ひとりで登る心細さを感じたのは、実は奔流でも大滝でもなかった。山頂に詰め上げる穏やかなカールで、水の涸れた藪の中にひとり放り出された時である。霧がかかり始め、視界が効かないことも、重圧になった。ここで、短い時間だが、さまよった。だが、危ないと思ったのだろう。迷いの起点である水源へ戻って赤布を付けた。起点が設定出来れば、最悪の事態にはならないだろう。それからすぐ、起点の右側に薮の切れた涸れ沢を見つけることができた。ガスが一瞬晴れ、前方に駒ケ岳の岩稜が見えたときは嬉しかった。

水が涸れたこの先でヤブに入る 踏み跡もなく難儀する


     一瞬ガスが晴れ、駒ケ岳の岩稜が見える
       左が迷い込んだヤブ



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