10.12.12  南アルプスの沢1



南アルプスのガイドブック
 書棚に南アルプスのガイドブックを見つけた。この本は、奥付を見ると昭和48年版(1973年)山と渓谷社、定価390円となっている。白簱史朗氏の著作である。50代の時に決心して、半分ほどの書物を捨てた。残された人生のうちに、到底読めないと思うものを片端から処分した。「南アルプス」は、残された人生の中で再会の予定は無かったのだが、なぜ残ったのだろう。山に憧れを持った時代を偲ぶロマンチズムだろうか。
 最近のアルペンガイドによれば、奈良田に白簱史朗氏の記念館があるという。そういえば、奈良田の温泉宿で、空の晴れるのを数日待ったことがあった。奈良田から上がって、白根三山を逆回りしようという計画だったのか。それとも、そこから広河原へ向うはずだったのか。今では思い出せない。ついに空は晴れず、そのまま沼津へ帰ったことを思い出した。おそらく、もう30年以上も南アルプスへ行っていない。先のガイドブックによれば、奈良田温泉は素泊まり600円とある。確か奈良田には温泉宿はひとつしかなかったように思う。幹線道路沿いの宿で、窓から西の山の空を見て雨の止むのを待った。野呂川の下流、早川はすぐ目の前を流れていた。現在の奈良田温泉には、まだ素泊まりというのがあるのだろうか。
 書棚の「南アルプス」の横に、「丹沢」のアルペンガイドが有った。これもまた処分を免れたものだ。奥付を見ると、昭和46年版(1971年)山と渓谷社、定価350円となっている。これは、盛岡の学校を出て沼津の会社へ努めてすぐに買ったものと思われる。会社へ入って間も無くのことだと思う。会社のワンゲルの体験山行へ参加したことがあった。何か妙に陽気で騒がしい連中だった。多分丹沢の大倉尾根だったと思う。いやにダラダラ続く赤土の尾根を、暑い思いをして歩いたのを覚えている。それまでは、森林限界を超えて高みを登るのが登山だと思っていたので、丹沢は好きになれなかった。ワンゲルへの入部も止めた。
 会社の寮には、歳の近い仲間がたくさんいた。誘えば、一緒に歩いてくれる仲間がいた。だれも山などやったことが無かったが、平気だった。Sさんはビオラの奏者だった。Hさんはギターの奏者だった。四季の歌が好きだったYさんは、寮でいつも酒を呑んでいた。丹沢の沢の本を書いたときに、彼はすでに会社を離れ、確か日立市にいた。N社に移って、当時ではめずらしい、通信用の光ファイバーの「調芯装置」を改良開発していた。ファイバーの接続部分での光信号の減衰を少なくするために、ファイバーの芯を精密に合わせる装置だった。量産装置としては世界初だったが、その後どうなったのだろう。丹沢の沢の本を送っても、返事が無かった。当時Yさんは病に倒れていて、私の書いた本を見ることなく亡くなったと聞いた。もう二年も経った後だった。そう教えてくれたHさんを、先日、がんセンターに見舞った。
 白水社の日本登山大系第9巻、「南アルプス」の初版本をネットで買った。現在は復刻版も絶版だ。古書で探すと六千円から一万円ほどするが、二千六百円だった。タバコの匂いがするという「欠陥」があったので安かったのだ。心配したが、新品同様の本だった。うれしかった。中は、全く触れられていないようだ。折込の月報もそのまま挟まれている。白水社と言えば学生時代に使ったドイツ語の辞書の会社だったかな。何であの会社が登山大系を・・・。調べてみると、独和辞典は博友社であったし、白水社は、しっかりした山の本も出版しているようだ。記憶など当てにならないものだ。もっとも、白水社は語学、辞書の出版社でもあるので、どこかで記憶が混じり合ったのだろう。

甲斐駒ヶ岳をめぐる渓谷
 南アルプスの奇峰、甲斐駒ヶ岳は、白い花崗岩によって構成されるため、伊那谷側からは白崩山とも呼ばれていたらしい。この駒ヶ岳をめぐる渓谷は、どれも東の大動脈である釜無川か西の動脈である戸台川に注ぐ。これらの動脈は、それぞれ富士川、天竜川に流れ込み太平洋に至る。東の大渓谷は、駒ヶ岳の山頂から北東に伸びる大尾根、黒戸尾根に隔てられて平行に走る尾白川(おじらがわ)と大武川(おおむがわ)である。尾白川は、昨年ガクさんたちと歩いた。白いスラブの滝とヒスイの釜の織り成す渓谷美については別のところで書いた。この尾白川の北には、昨今、白砂と奇岩で人気のある日向山(ひなたやま)を隔て、濁川が東へ下っている。この川は、下流域を神宮川と呼ばれているが、さらにこの川の西側には、雨乞岳を挟んで釜無川本流が大きな谷を形造っている。この釜無川の源頭は、駒ヶ岳の北西に派生する尾根のピーク、鋸岳の直下である。


               甲斐駒ヶ岳をめぐる渓谷  作図:高橋

 尾白川の南に大武川が、その南には早川尾根から鳳凰そして夜叉神峠へ派生する一大稜線に沿って野呂川が南下する。野呂川は、野呂川発電所の下流域を早川と名を変えてさらに南下し、身延近くで富士川に合流する。この野呂川は、国内第二の高峰北岳の西側から発し、仙塩尾根に沿って北上し、大きく南東へカーブして、先ほどの早川尾根に沿うことになる。なお、仙塩尾根は、駒ヶ岳南西の高峰、仙丈ヶ岳から三峰岳を経て塩見岳へ至る長大な尾根を指すようである。 


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