会津鉄道弥五島駅 きれいな無人駅だ




男女川オナガワ 阿賀川
2010年11月20、21日
ジョーさん、西嶋さん、ガクさん、高橋


遡行図



コースタイム
1120日 晴れ
弥五島駅1230−入渓1400−二俣5501450−二俣7001520−テン場7101530
11
21日 晴れ

テン場830−二俣760m−二俣880m−二俣1010m−稜線12201266ピーク南−二俣川支流下降−御鍋神社入口1323−二岐温泉1420

プロローグ
 帰路、17:12発の電車で、会津若松の駅を発つころには、日がもうとっぷりと暮れていた。それまで、乗客の出入で騒々しかった車内は、電車が動き始めると落ち着いた静けさが支配した。各々が今日の一日を振り返り、もの思いにふける静かな空気が漂い始めたようである。この二日、今シーズン最後の沢を歩いた。南会津、阿賀川に注ぐ男女川(オナガワ)1)である。阿賀川は、新潟県で阿賀野川と名前を変えて、日本海へ注ぐ。
 会津鉄道の無人駅、弥五島駅に着いたのは、ちょうど正午だった。自宅を出たのは六時半なので、ほぼ半日をかけてこの地へ降り立ったことになる。南会津は遠い。たとえて言えば、九州や北海道の都市へ向うより遠い。辺境の地といえば、誤解を招くかもしれないが、私には確かにそう見える。かつての国鉄の支線は、いまでは地方の経営によって成り立っているのだろう。時間1本の電車が走る山間の鉄道は、土曜日ということもあり、多くは観光客のようであった。観光地と思しき駅で乗り降りする以外は、乗客の姿は無い。車窓には、かつてはどこにでも見られた、のどかな農村の風景があった。葉を落とした柿の木の黒い枝振りと、豊かに実った柿のその鮮やかな色彩が印象的であった。懐かしい故郷へ帰った。そう思ったのは私だけだろうか。反対方向の下り電車から降り立って来たのは、仲間の西嶋さん、ガクさん、ジョーさんの三人だけであった。駅前とはいえ、商店らしきものはなく、寂しい。
 1)男女川はナメガワと読むとの情報もあるが、二岐温泉の旅館のご主人によれば、オナガワとのこと。

二岐温泉大和館
 下山後、二岐温泉の大和館の風呂に入ったのは、偶然と必然の重なった結果だった。西嶋さんが考えていた旅館が、時間が遅いことを理由に断られたのである。時間が遅いとはいえ、まだ二時半であるから、我々の風体を見て断ったのだとは思う。そのため、急遽風呂を探すことになった。私は、11月の初めにウェルネス・クライマーズの連中が、この二岐温泉の「大和館」で入浴したのを知っていた。親切で心に残る風呂として記録が残されている。二岐山を歩いて下山したときのことである。
 運よく、大和館はすぐ見つかった。幹線道路を二俣川に向って少し下がった所だった。玄関も帳場も電気は消えていて、いかにも営業していない風であった。だが、やっと主人が出てきて、にこやかに迎えてくれた。帰りのタクシーの電話番号を尋ねると、旅館の車で送ってくれるという。一同驚きだった。最寄の湯野上温泉駅までは10km以上はある。この親切に、言葉が出なかった。なぜ、旅館客でもない汚い登山姿の我々を、しかも忙しい夕刻に送ってくれるというのか。驚きだった。親切心と考えて良いのだろうか。この山間の温泉宿の人々は、いつも、そのように暮らして来たのだろうか。驚きだった。
 入浴のあと80歳近いご主人と話をした。男女川(オナガワ)という、いかにもドラマチックな名称の由来やそのほかの四方山話を。男女川はミズナの、男女川と二俣川支流の乗越は竹の子(根曲り竹)の宝庫であることを教えてくれた。だが、ここに痛恨の一滴がある。帳場の壁に、雪山にピッケルを刺して居並ぶ5人の山男の写真が有った。もしかして、ご主人の昔の姿かと思い尋ねると、自分の息子であるという。54歳で突然病で亡くなったことを聞いた。聞かなくても良かったものを。もしかしたら、そのなくなった山男と我々が重なって、大きな親切心を示してくれたのかも知れない。
 二俣川を挟んで両岸に露天風呂がある。内風呂もある。これはめっぽう熱い。43度ぐらいはあるだろう。子供の頃の薪の風呂を懐かしく思った。露天風呂は、二俣川のせせらぎが聞こえ、腰を上げると流れの姿が見える。寒い中で遡行し心底冷え切った体には「至福の時間」だ。
 入浴後、駅まで送ってくれたのは、亡くなった息子のお嫁さんだろう。湯野上温泉駅で、お風呂を頂いただけの我々を暖かく送ってくれた。なぜか、涙が出るような思いだった。
山間の二岐温泉 小さな宿が幾つもある


男女川の遡行
 男女川は、福島県下郷町の二岐山と鎌房山の間を流れる静かな支流である。ナメのきれいな沢だ。会津鉄道、弥五島駅から二時間ほど歩き、標高550m付近で入渓する。入渓点の先まで林道はつながっている。下流は、ゴーロとナメが交互に現われ、上流に向うに従いナメが多くなる。源頭近くなると、なかなか手強い滝が現われる。下流部の小さめの苔石のゴーロと、全域に渡る流木の障害物競走には体力を使う。落ち葉が被る石や水際は、思わぬ転倒の巣窟である。両岸は丈の高い樹木が被っているので、落葉の前はやや暗い渓相だろう。


11月20日 晴れ

入渓地付近を歩く 標高550m付近














岩にはコケが付き、落ち葉が被う ゴーロも長い

時々はナメが現われて 落ち葉がナメを被う

緩やかなナメを歩く 思いのほか滑らないので助かった

滝が現われた4m 左がトイ状、右がスダレ状


















 720m付近の左岸の台地にテントを張った。当日は晴天で沢日和ではあったが、何といっても11月の下旬だ。日が暮れると冷たい沢風が通る。盛大に焚き火を炊いて暖を採った。夕暮は風があったが、次第に穏やかになり焚き火の前では寒さを感じなくなった。気温が上がったわけでは無いだろう。ガクさんの心尽くしのすき焼きが、我々の身体を温めてくれたのだ。それにしても、あの牛肉の味はそう食べられるものではない。風が止んだことも幸いした。満月が東から上がり、やがて中天へ懸かり、そして西の尾根にその姿を沈めるまで、延々と呑んだ。例によって、他愛も無い話ばかりだったが。この心洗われる領域に入って、もう少し生きるに関わる重大なテーマはあがらないものかなー。

東から月が上り、そして西に沈むまで呑んだ



11月21日 晴れ

 次の朝、沢靴も靴下も凍っていた。これは初めての体験かもしれない。足の先は、かじかんだが、暖かくなるまでに、そう時間はかからなかった。滝を登るときに、水に手を漬けるとさすがに冷たかった。1020m付近の5m滝のその上は、一見して難しい7mの滝だ。ジョーさんが先行し、ロープを下ろしてもらった。ここは、取り付きのホールドが細かいのと、水流に手を入れる冷たさで難易度が上がる。落ち葉を払いながらホールド拾う。水が手の感覚を奪っていくので速攻が要求されるが、なかなかそうは行かないところがつらい。

朝、流木と落ち葉の罠を避けながら歩くと6m滝が



 5m滝 左の弱点を選び、途中ブッシュを上がる



逆光の富士型ノ滝5m ホールドが細かく左から巻く





















朝日を浴びるトイ状の滝6m 左のクラックを登る

落ち葉の被るナメをひたひたと歩く 朝の陽射しが眩しい


ナメが延々と続く

7m滝 水流沿いは難しい 左の窪からクラックを慎重に登る
920m付近















5mナメ滝 手を着くと恐ろしく冷たい 970m付近

7m滝 1020m付近 取り付きが難しい 小松さんがリード














同7m滝 ガクさんが登る

稜線は近い 最後の詰めを上がる 1150m付近

 踏み跡も無い静かな稜線だった。わずかに雪が残っていた。小白森山が間近に見えた。今度の週末、ウェクラの山崎さん達がこの山頂を目指すはずである。この小白森山の方角へ真直ぐ、根曲り竹のヤブの斜面を駆け降りた。二俣川の支流を林道めざして下降した。

帰路の林道 御鍋神社入口 終点の二岐温泉はもうすぐ



















夕刻、会津若松駅から快速あいづライナーに乗って帰路へ


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