南ア、尾白川の景観 水量のある広闊な沢だ




10.11.02 沢の選択・南アルプス










 この四五日暗い日が続いた。30日に台風14号が関東地方を掠めて去った後も天気は回復せず、二日ほどぐずついた空模様だった。今日は眩しいぐらいの秋晴れである。近くの図書館へ出掛けたおり、橋の袂に自生するアカメガシワの大きな葉が、黄色に色付いていた。折からの陽光に映え、その黄が益々鮮やかに見える。暖かいこの地方にもいよいよ秋が巡ってきたようである。天気が良いと、そしてその陽光に触れるとなぜ人は朗らかになるのだろうか。そんなことを、自然に考えてしまうほど気持ちの良い天気であった。
 今シーズンの沢歩きもほぼ終わった。あんなに暑かった夏の記憶も少しずつ薄れていくようである。昨日は、夜遅くまで来年に歩きたい沢の調査をした。今年も沢へ向けたエネルギーは相当なものになった。そう思っている。あらためて数えてみると20の沢を歩いている。またいつか今シーズンに歩いた沢を、振り返ってみたいとは思っている。印象に残った沢は多いが、甲斐駒ケ岳の北を東に流れ下る尾白川、黄蓮谷の遡行が忘れられない。沢の経験がそう多くないためだろうが、自分にとって、この沢の景観は他に比べるものが無いほど美しかった。沢の記録でもすでに書いたが、この沢の水の色は独特である。記録にはエメラルドグリーンと書いたが、渋いグリーンである。決して派手ではないが、透明感のある深い味わいのある色である。エバーグリーンというのかも知れない。
 夜遅くまで歩きたい沢を調べたが、なかなかこれといった候補が絞り込めなかった。今シーズン感激した甲斐駒ケ岳やその他の南アルプスの沢を探そうと思ったが、難しい。沢の選定は、パズルを解くようでなかなか難しい。なぜなら、登りたい沢と登れる沢は異なるためである。そして、難しすぎても簡単すぎても沢は面白くない。これは自分の考えだ。皆がどう考えているかは分からない。だが、自分にとって沢の選定は、駱駝が針の穴を通るほどに難しい。南アルプスの沢は、歩く人が少ないのだろう。ネットの情報も少なく、ガイドブックで探すのも難しい。南アルプスで良く知られた沢は、黄蓮谷右俣や赤石沢そしてシレイ沢の他には、栗代川、信濃俣河内などに過ぎないだろう。これらは、沢のガイドブックに繰り返し取り上げられている。
 甲斐駒ケ岳の南側を流れる大武川、赤薙沢ミツクチ沢をネットで調べていたときのこと、「登山大系に記載あり」との添え書きがあった。そうか、登山大系か、それなら図書館ヘ行こうというわけで、次の朝、早速出かけた。図書館にある「日本登山大系」白水社は、全十巻だが、いつも借り手が無く10巻全部揃って並んでいる。現在の登山人口は、数百万人とも一千万人とも言われているのが嘘のように思う。だが、そのお陰で、登山大系はいつでも借りられるありがたい書物である。
 全十巻のうち第九巻が全て南アルプスの情報で埋められている。さっそく図書館の椅子に座って、登山大系を開いて見ると驚きである。尾白川と大武川流域の幾つかの沢を調べていた自分にとっては、この情報の多さに驚きだった。南アルプスの沢という沢の遡行図、そして岩場という岩場の登攀ルート図が300頁余りにびっしり記載されていたのである。これは、予測できたこととはいえ驚きだった。南北60km、東西20kmに展開される南アルプスの山々が、くまなく人間によって、しかもこの数十年の間に(第一次登山ブームのときに)歩かれていたあるいは攀じられていたのであった。これは、ある意味ショックである。沢をその筋に沿って歩くのはまだしも、この攀じ登っても何の役にも立たないただの岩場を登るというのが分からない。しかも、同じ岩場でありながら、幾つものルートが平行して開かれるというのは、いったい何なんだ。どの岩の角にも人間の登った足跡がある。何か気味の悪いような驚きである。これに比べれば、自分の歩いた沢の数が、200だの300だのといっても、しょせん昨今の銀行の利子よりも小さい値じゃないか、そう思えるのだった。最近「登山とはいったい何なのだろう」という問いを、まじめに考えていた自分が馬鹿らしく滑稽に見えた。「登山とは何か」という問い自体を霧散させてしまうような熱い塊が、日本登山大系第9巻には込められていたのである。登山というのは、この狂気じみたものなんだよ、そう言えるような。
 南アルプスの沢は、難しい所が多いようである。70年代に歩いた南アルプスの山々は、どこかで自分の山の故郷と思っているところがある。一方、沢は始めて10年近くになるが、たいした精進もしていないので、遡行が少しも上手になったようには思えない。だが、自分の山の故郷にようやく沢の歩を進めようとする自分が居ることに気が付いている。


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