笠ヶ岳山頂付近で 


スリバナ沢 笠科川
  
2010年10月2日 晴れ
ウェルネス・クライマーズ
大橋さん、山崎さん、高橋


遡行図

コースタイム

入渓7:08−タル沢出合7:29−スリバナ沢出合8:39−二俣(1700m)10:00−源頭11:12−登山道11:31−笠ヶ岳肩の分岐11:55〜12:37−スリバナ沢出合15:08−入渓地点の橋16:12

プロローグ
 このシーズンは、毎日沢のことだけを考えて来た。同好会の雑用を担当しているということもあったかも知れない。だが、この中毒症状は度を越していると思うようになった。8月9月のベストシーズンは、毎週沢へ入ったと言っていい。沢へ入ればそれは楽しい。だが、ひとつひとつの沢をどれだけ堪能したかというと自信が無い。沢へ向う回数が増えれば、沢から受ける感動が少なくなって来るようにも思う。逆説である。ひとつの沢から受取る感激が少なくなっている。これは、どうしたことなのだろうか。沢に慣れればなれるほど沢に対する感受性が高くなっていくのが、技術というものではないだろうか。自分の練磨の仕方は、どこか違っているのかも知れない。ただ、沢へ入っていれば良いというものではない。そう思うようになった。
 遡行の対象を選択して、地形図と遡行記によって遡行のシュミレーションをして、実地に遡行する。そして、遡行を振り返り記録を残す。この一連の知的遊びが沢の面白さだと思っている。沢の面白さを感じ取る力を練磨するにはどうしたらいいのだろう。沢の選択を始めとする企画に、もう少し力を入れるべきではないか。思い入れのある沢に厳選して、思い切って遡行回数を減らす。そういう判断も必要かなとも思う。もしかしたら、技術も体力もない一人の男が沢を堪能するということこそが、野望や夢に過ぎないと言えるのかも知れない。

 沢のシーズンは、人にもよるだろうが5月から10月ぐらいまでだろう。つい最近シーズンが始まったと思っていたら、もう終盤である。この時間の流れる速さをなんと言ったらいいのだろう。恐るべき速さである。年齢とともに時間の流れる速さは増すと言われている。とすれば、この先は容易に判断できる。一刻一刻を大切に生きなければならないというような、なにか道徳的な想念が自然に浮ぶ。たぶん、これが歳をとるという意味なのだろう。そんな訳で、ウェルネス・クライマーズ(通称ウェクラ、鹿沼市本拠)の人たちとの沢歩きも今シーズンは最後になった。今年で、4年になる。長かったような短かったような。いずれにしても、沢を一緒に歩いてくれる人がいるというのは幸せなことだ。そう思っている。感謝である。許されるのなら、ウェクラの中に、沢の面白さに賛同してもらえる方が増えることを望む。
 笠科川スリバナ沢へ行った。笠科川は、尾瀬の戸倉で片品川に注ぐ清流である。スリバナ沢は、この笠科川の最上流部の支流だ。今年の8月、水上・湯の小屋側から洗ノ沢を苦労して遡行し、笠ヶ岳の頂上に立った。ガスがかかって、至仏山を仰ぐことはできなかったが、眼下に原始的な草原を見ることができた。ここが、スリバナ沢の源頭であることを知っていたので、いつかこのスリバナ沢を歩き笠ヶ岳に再び立ちたいと思ったのである。その時季は、意外にも早くやってきた。ウェクラの山行にスリバナ沢遡行を組み入れた。最近は、大橋さん、山崎さんとの三人の遡行が定着しているが、今度の遡行もこの三人になった。先月も、谷川のケサ丸沢へ出掛けたばかりである。どこかで、谷川が遠いと書いたが、この笠科川も負けず劣らず遠い。静岡の家から片品までは、半日以上の行程である。前泊するために金曜日の正午ちょうどに三島駅を発ち、片品温泉にたどり着いたのは、夜の七時半を過ぎていた。普通電車を使うと七時間以上の行程なのである。

遡行

 スリバナ沢は、予測したよりは小さ目の沢であったが、これは洗ノ沢を遡行したときの感覚と似ている。どちらも思い描いていたよりは小さな沢だと感じた。だが、これは、前回歩いた南アの沢、尾白川黄蓮谷の印象が強かったせいがあるもしれない。もちろん、沢の大きさがその沢の価値を決めるわけではない。どんな沢であっても、その沢特有の味わいがあるものだ。スリバナ沢出合までは笠科川本流を歩くが、この本流は立派な釜を持った小さな滝を随所に懸ける。この滝を形造る岩の小さな凹凸が流れ落ちる水をさざめかせ、どれもスダレ状の滝を見せている。陽光がこの滝に乱反射して、白く眩しく輝くのである。
 スリバナ沢はその出合を入るとすぐ、笠科川本流の半分ほどの沢幅になる。沢には出合付近からボサが被って来るが、遡行の邪魔になるほどではない。洗ノ沢を歩いた際には、このボサが犯罪者のようにのさばり、遡行者をブロックしようとしたが、スリバナ沢のボサは善良である。ちょっとだけ、手を出して来る明るい不良少年のようである。歩くのには、何の邪魔にもならない。だが、源頭に近付くにつれて、洗ノ沢の犯罪者、アスナロの記憶が蘇り、その犯罪に怯えるのだった。だが、スリバナ沢は出合いも源頭もそのボサの犯罪は軽微なものであった。どうやら、アスナロがいないらしい。
 スリバナ沢の滝は、どれも小滝である。2〜3mぐらいの滝が繰り返し現われてくる。本流と同じ岩質なのだろう。スダレ状の眩しい滝が現われるのは同じである。いずれも小さな釜を持っている。スリバナ沢の滝で大きいのは、出合いすぐに現れるS字状ナメ滝15mだろう。この滝は、傾斜が緩いので登攀に困ることは無い。この上の4m滝が唯一垂直に近い滝で、難しいように見えるがすぐに問題ないことが分かる。この上の5mナメ滝は、傾斜があるのでスリップに注意したい。これらの滝を過ぎると、先ほど言った2〜3mぐらいの滝が繰り返し現われてくる。これらはどれも登れ、標高1650m付近まで続く。源頭に近付くにつれて、岩には緑色の鮮やかなコケが付き、沢に落ち着いた雰囲気を醸し出して来る。

詰め
 標高1700m付近の二俣から、支流が次々と分岐してくる。いずれも左の沢へ入り遡行する。最後の分岐を左へ入ると沢が涸れそうになったので(1850m付近)、まだ水流の多い右の沢へ移動した。この水も1900m付近で源頭となる。ここは地面からこんこんと清水が湧き出していた。水を汲んでさらに沢形を登った。歩きにくいボサやヤブは少ない。じきに沢形が消え、ヤブになる。ここは、笹薮を選んで真直ぐにヤブをこいだ。ヤブは背丈以上の笹で前が見えない。だが、ツルやアスナロなどブッシュが混じっていないヤブなので易しいほうなのだろう。ずいぶん長くヤブをこいだと思ったが、15分ほどで立派な登山道へ出た。稜線を過ぎても登山道に当らなかったので変だなと思ったが、登山道は稜線の向こう側(西寄り)に有った。我々のヤブをこいだ笹原の左手には、トウヒと思われる針葉樹の散在する箇所があった。ヤブ漕ぎはこちらの方が容易だったかも知れない。なぜなら、トウヒの下の笹は少なくヤブが薄いからである。
 登山道では、何人かの登山者とすれ違った。それでも笠ヶ岳まで来る人は少ないようだ。山道は、笠ヶ岳の東側を迂回して通る。ここからは、紅葉の始まった笠科川の沢筋が見える。彫りの浅い沢であることが分かる。とくに沢幅が狭くなるスリバナ沢でボサが被るのは沢の切れの深さと関係しているのだろう。笠ヶ岳の南の肩の分岐で昼食にし、ピークハントに興味を示さない大橋さんと山崎さんを置いて山頂をピストンした。途中から片藤沼が紅葉の点在する緑に映えていた。8月に見えた楢俣湖側はガスがかかっていたが、至仏山はまだガスに覆われていなかった。至仏も小至仏も緑薄い山である。この山域ではやはり大きい。眼下に小笠の小さなピークが、その手前に今しがたヤブ漕ぎをしてきたスリバナ沢の源頭が見えた。緑の中に紅や黄が混じっている。

下山
 下山は、笠科川本流を下降することにしてあった。笠ヶ岳の南を下がる湯の小屋へ向う山道へ入り、片藤沼を目指す。片藤沼の先の鞍部を探り当て、鞍部から東のヤブに入りまた笹をこぐ。安楽に歩ける登山道からヤブへ入るのは何か勇気のいることだ。心の中で気合を入れてヤブに突っ込んだ。それでも、下りのヤブ漕ぎは楽だ。だが、調子に乗って笹を漕いでいると、思わぬ窪みに落ちることがある。小さな沢形である。だがこの沢形もじきに消えて、また現われたりする。標高1850m辺りで沢形がしっかりして水が出て来た。以後次々に支流が合流して水量は増える。1570m付近の二俣までは目立った滝も無く、下降の障害はない。だが、不安定で滑りやすい岩に足を置かなければならないので、全く気を緩めることができない。スリバナ沢出会いの手前に連瀑があるが、ルートを選べば下降は難しくない。


笠科川本流

笠科川本流最初の滝 4m





ゴーロはこんな感じ


大きな釜を廻って小滝を登る


深い釜がある


豊富な水量の滝を足許に気をつけて


人知れず水は流れ沢を形造る


スリバナ沢

スリバナ沢最初の滝 10mナメ滝



4m滝 右を登った












4m滝を登る大橋さん


5mナメ滝 右を登った
























10の小滝が続く


ふと見上げると、今日の空は青い


源頭は近い だが水量はまだ豊富


8月に来たときには見られなかった至仏山、小至仏山


笠ヶ岳に上る途中 片藤沼を望む


手前の小ピークが小笠 その右の原がスリバナ沢源頭


遡行してきたスリバナ沢、笠科川の沢筋 

片藤沼の先の鞍部から笠科川本流をめざす



















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