コースタイム
8月28
キャンプ場入口駐車場10:56−洗ノ沢入渓(950m)11:3812:05−二俣(1150m)14:24−テン場15:101230m)
8月29
テン場7:0312m滝7:39−二俣(1390m)7:53−二俣1500m)8:55−二俣1830m)11:09−岩稜帯下12:01−笠ヶ岳頂上12:4513:10−駐車場17:40


プロローグというか

 笠ヶ岳(2057m)の頂上に立ったのは、29日の午後一時近い時刻だった。洗ノ沢1230m付近のテン場出発は、朝7時だったので、ちょうど6時間後であった。長い行程だった。頂上直下、岩の散在する山道の上りは、文字通り最後の力を絞り出して登った。頂上は爽快だった。複雑な形を見せる楢俣湖の湖面の水際が白く輝いて見えた。南面には片藤沼が静かなたたずまいを見せ、二つのきらめく水盤を並べていた。北には、至仏の玉座がその頂を見せるはずだったが、薄くガスが懸かり、いつまでもベールが解かれることはなかった。手前には、小笠の頂上が見事な円錐の頂を見せ、その東側には、スリバナ沢の源頭が、原始のたたずまいを見せていた。その沢は、霞がかる笠品川本流の沢筋に、静かに呑み込まれていく。スリバナ沢は、笠ヶ岳を中心にして、今日歩いた洗ノ沢の東西対称の位置を流れている。いつか、このスリバナ沢を東側から歩み、笠ヶ岳の頂を目差したいものだと思った。
 高峰の頂とは、確かに素晴らしいものだと実感する。遮るものがなければ、遠望できるもの全て、その姿を「捉える」ことができる。これが登山の醍醐味なのだろう。波打つ山稜とその頂き、それらの高みから山裾に伸びる支尾根の輪郭、そしてその間を伸びる窪の動脈、沢と沢。だが、高峰の頂から対象を「捉える」ということは、対象の配置と高さを知ることに過ぎない。それは、五感を働かせて対象を捉えた時の実感を伴わない。いわば、対象の概要を捉えているに過ぎないのである。少し難しい言い方をすれば、このような登山を演繹的な登山、頭脳の登山と言えるだろう。
 一方、登山の一形態である沢登りは、概観を捉えてその細部をイメージしようとする方法ではなく、細部に直接当り、山々の実相を体感的に捉えようとする登山である。水の流れる山間の窪である沢に入れば、視界は閉ざされて、遠望できるものはない。沢そのものと、両岸の景色以外は、頭上の天空しか眼に入らないのである。そこは、対象と直に向き合う以外に喜びを見つけることのできない世界である。水の冷たさとその流れる音、淵や釜を俊敏に動く魚影、岸の木々の葉の擦れる波音、小鳥のさえずり、大滝の轟音と水飛沫、小滝のささやきとナメの反す光のきらめき、流れを渡るときの圧倒的な水の力、焚き火の煙のどこか懐かしい匂い。これら対象と関わるとき、どれも、五感の全てが動員されている。ここでは、対象に身体が直接に関わって得られたものが、「捉える」ことを意味するのである。これを、頭脳の登山に対して身体の登山と言っても良いと思う。細部をひたすら凝視することによって、その細部から山々の実相に迫る帰納的な登山と言えるだろう。
 すこし、小難しい迷路のようなものに入りそうなので、この辺で正気に戻ることにしよう。考えてみたかったのは、頂上に立つことを目標にして、できれば眺望できる山々を捉えようとする「登山」と、暗い函の中でその壁や流れる水と格闘しながら、山々を捉えようとする「沢登り」の違いを考えてみたかっただけである。これは、沢登りというものに尋常でない嗜好を見せる私の務めであると思うし、自身のアイデンティティーを求める旅でもあるのだ。もとより、これらは、どちらがより優れているとか、より楽しいかという価値判断とは無縁なものとしたい。


8月28日 晴れのち一時雨

5+4m二段滝 下段









緩やかな4m滝




二俣(1150m)手前のナメ


トイ状滝4m 二俣(1150m)上

4m滝


二段滝 3+3m この後、5分で雷雨に襲われる

雷雨とテン場
 アプローチの暑い林道を歩きを終えて、林道がUカーブする地点で入渓した。洗ノ沢が最も林道に近付く地点である。ここには、沢へ下がる踏み跡がある。入渓するころは晴天で、午後から雨が降るという天気予報はハズレと思っていたが、予報どおり、午後三時ちょうどに雨が降り始めた。じきに雨は土砂降りとなり、雷鳴が襲った。あわてて、テン場を探しタープを張って身を潜めた。周辺に落雷するも、そう怖い思いをしないで済んだ。20分ほどで雷雲は去った。沢は濁り、空がみるみる明るくなった。テン場は標高1230m付近にある立派な5m滝の手前、左岸である。

雨が上がった後、やっとのことで燃え上がった焚き火


















本多さんとボサとヤブ
 本多さんは、今年入会した新人である。尾根歩きは、長く続けてきたベテランだ。私が知らない山々へ長いこと通っていたらしい。だが、沢は今度で二度目ということだ。沢への思いが募り、今回の入会になったらしい。だが、今度の洗ノ沢は、新人にとってはつらい山行になったものと思う。なぜなら、ジョーさんによれば、洗ノ沢のボサとヤブは上級並みであったからだ。950mで入渓して、標高1400m付近、四ノ沢出合付近からボサが被るようになり、徐々にその数が増しゴロタの小滝を上がるたびにボサの攻撃を受け、全身を捻るようにしなければ交わせない。このボサの主犯は、アスナロである。折ろうとしても柔軟で折れず、そのくせ剛性がある始末に終えない犯罪者である。このボサの犯罪が1850mで草地が現われて視界が開けるまで繰り返されたのである。「ベテラン」の私といえども、このアスナロの犯罪者にはほとほと参っていたのだから、新人の本多さんにとっては言うまでもないだろう。
 さらに、草原に入って喜んだのもつかの間、岩稜帯に出る手前に密ヤブが待ち構えていたのである。この密ヤブの真犯人も、実はアスナロである。アスナロとは、「明日はヒノキになろう」というその樹名がロマンチックなことで知られているが、とんでもない曲者である。このヤブは、「お前ら沢の遊び人を誰一人通さないぞ」というばかりに必要以上にその豪腕を伸ばし、我々を待ち構えていた。その腕の間を通ろうとすると、柔軟で堅い腕で我々のザックをもぎ取ろうとするのであった。アスナロと何度格闘したことだろう、沢登りというのは水との格闘と思っていた私の完全敗北であった。いつの間にか、アスナロの腕を避けてわずかな間隙を縫ってタコのように体をねじり、いわば軟体動物になってヤブの弱点をすり抜けたのである。この時間、
30分。沢のつわものといえども、自身の弱さを体感するのに十分な時間であった。本多さんは言うにおよばず。
 遡行者によっては、中流域から左岸の登山道へ逃げてしまうのは、このボサと密ヤブにあることを納得する遡行であった。


暑さとの戦い
 どういう訳か、林道には通せんぼのゲートがあるのが慣例化している。道路を作っておきながら、その道路を遮断するという矛盾だ。道路は造ってしまえば、利用されなくても良い。そういう事例は、山間部にはいくらでもある。ただ、それに気付く人間は限られているので、世間一般には知られていないだけである。とはいっても、ある一部の人がその遮断した道路を占有している事例が多いので、ある意味活用されてはいる。道路は国民の税金で造っておいて、放置するか、一部の利益関係者が占有するという図式だ。
 今度の沢は、暑さとの戦いであった。まずアプローチの舗装道路の林道歩きにまいった。車で走れば5分程度のところを、このゲートのおかげで40分歩かなければならなかった。太陽に加熱された舗装道路の歩行はつらい。登山道のような木陰が少ないために、地熱と太陽の照射を同時に受ける二重苦になるからだ。
 下山の登山道も熱かった。笠ヶ岳の頂上は2000mを超えているのに、休んでいても全く寒さを感じなかった。これは、今年の異常な暑さによるものだろう。下山路は歩きやすい道だったが、およそ四時間の下山は林道歩きと同じく暑さとの戦いだった。自分としては、過酷な人体実験に参加させられたような思いだった。「汗みずくで、どれだけ運動すると熱中症になるのか」そんなテーマで,今まさに実験が行われているのだと。これは自分だけではなく、他の者もこの過酷な実験に参加したことにうすうす気付いていたようだった。だれもが、下山道の終了点でへたりこんでしまった。過酷過ぎる人体実験だった。もちろん初めての体験だ。

過酷な人体実験の結果、登山道終点にへたり込んでしまったみんな


渓相と滝
 印象に残った順に書きしたためたので、何か洗ノ沢は、苦労ばかりしたように思えるが、なかなか良い沢だった。水はそう多くないが、随所に小滝を懸け、ナメが現われる。1230m付近テン場の上、豪快な5m滝の上からがハイライトだった。ナメとナメ滝が次々に現われ、大滝12mにぶつかるまで1時間ほど続く。大滝12mは、標高1400m付近の二俣少し手前にある。
 大滝12mは立派な滝だ。直登するとすれば左の窪状だろうが、ここは滝すぐ右手前の小尾根から巻くことができる。滝の高さまでブッシュを頼りに土壁を上がり、落ち口へトラバースする。トラバースの踏み跡はしっかりており難しいところはない。大滝の上はすぐ二俣(1400m)である。この二俣の上にある両岸狭まった3m滝は要注意である。左右ともへつりながら登ったが、右の方が足元が安定する。ここで唯一ロープを出した。先にも書いたが、この上からはアスナロなどの枝が被ってきてうるさくなる。
 ボサにいじめられながらも格闘すると、やがて水も少なくなる。1830m付近の小さな二俣を左に入ると10分ほどで左手が草原になる。ここは草の原へ上がって歩く。ボサから開放されて、渡る風も涼しい。左手には岩稜帯が見える。だが、その手前にはヤブがある。あの岩稜帯手前まで上がれば、ヤブからも開放されるだろう。せいぜい5分のヤブ漕ぎだろうと思った。だが、・・・・。この顛末は、すでに書いた。
 ヤブを越え、岩稜帯手前からハイマツと岩々の間を、頂上から片藤沼へ下る登山道を目指す。登山道へ出た後は、残った力を振り絞って頂上を踏もうというわけだ。



8月29日 くもり

ナメとナメ滝が続く 足取りは軽い


おだやかなナメが続く フリクションを効かせながら歩く

「良いところだな」などと言いながら余裕の遡行


滑らないように4mナメ滝を登る

おだやかな5mナメ滝を登る 1330m付近

大滝12m かなり高い 無理せずに左岸を巻く














岩の上を水が滑る  幾つも小滝が現われる

4m滝を順に上がる














ボサを潜り抜けやっとのことで草原へ

頑強なアスナロのヤブを抜けてやっと低潅木帯へ


岩稜帯の下を片藤沼の方面を目差してトラバース

登ってきた小楢俣川本流・洗ノ沢を振り返る

頂上を目差す間に振り返ると片藤沼が


笠ヶ岳の頂上から北を望む  手前の円錐が小笠の頂上
その右手が、スリバナ沢の源頭だ

静かにたたずむ片藤沼 登山道から


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洗ノ沢 奥利根 楢俣川小楢俣川
2010年8月28、29日
沢登り同好会 さわね
西嶋さん、ガクさん、ジョーさん、園田さん
本多さん、高橋
遡行図

コウメバチソウ  笠ヶ岳直下南面 ハイマツの間に