10.03.20 紀行文について


 「このごろ毎月の山岳雑誌をうずめている紀行文を読んで、面白いと思うことはめったにない。」 1)
 「山岳紀行文について」と題して書かれた桑原武夫氏の言葉である。氏が、この発言をしたのはもう
70年以上も前のことである。だが、いまだにこの指摘は古びていない。とは言っても、所属する同好会の昨年の活動記録を編集し、これから会の年報として発行しようとする自分にとっては、何か頭の痛い話ではある。我々のこととはおよそ次元の異なる話だとは思うのだが。

 氏の説によると、紀行文が面白くなくなっているひとつは、文章の巧拙ではなく、未開の峰々をよじる感動的な登山という行為自体が失われているからだという。氏は、人跡未踏の峰々が征服された今日においては、「単なる登高事実の報告や案内記としては存在理由のなくなった紀行文は、もはや文学としての紀行文となる他はない。」と、いかにも文学者らしい所感を述べている。だが、「文学としての紀行文」と言われてしまうと、山も文学も素人の我々にとっては、ますます手も足も出なくなってしまうだろう。時々紀行文らしき文章を書いている自分としても、何だかうしろめたい気持ちにもなってしまう。だが、氏の言わんとすることはこうだ。未踏の峰々を登るのが難しい時代にあっては、独自の登山スタイルを持って感動深い登山をせよ。そうすれば、個性にあふれた魅力的な紀行文が生まれ、さらには美しい山が再発見されるというのである。普通の山を普通に登って普通の紀行文を書いても面白いはずは無いとも。かなり手厳しい。
 
 「山はひとまず平凡化したけれども、真に山を愛せずにはいられない登山家ならば、その平凡のうちにも自ずと何か独自の登り方を、従って独特の喜びを見出すべき筈である。そうした 人々のスタイルをもった紀行文の出現によって、山はまだまだ美しくなる余地がある。」1)

 今や日本の登山人口は1000万人とも言われていている。おそらくは桑原氏には想像もできなかった事実であろう。そのうち芸術家や作家と同じように「家」をもって呼ばれる「登山家」は、国内には何人いるのだろうか。もしかしたら、100人に満たないのではなかろうか。少し調べてみると小島烏水から、故人も含めて82人の記載があった2)。日本山岳会が結成されて100年ほど経っているようであるから、1年に1人ぐらいの登山家の誕生ということになる。70年前に桑原氏が「紀行文が面白くない」と語ったのは、このような登山を牽引する前衛や文筆家に向けたものと思う。「独自の登山スタイルを持って当たれ」という指摘も、登山の愛好者に過ぎない多くの我々にとって、そう容易でないことは明らかだ。
 だが、桑原氏の言葉を大胆に極言すれば、「山をもっともっと愛せ。そうすれば、山も文章もさらに美しくなる」ということだろう。拙い文章を書くことに喜びを感じている自分にとっても、心すべきことのように思われる。


1)桑原武夫『登山の文化史』平凡社 1997年 山岳紀行文について(初出『山』昭和9年8月号)
2)
ウィキペディア(Wikipedia)登山家 登山家一覧



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