ウェクラ短信

2010年1月30日、大戸沢岳2069mの山頂到達で喜ぶOさん。
この後 ホワイトアウトに
  (Yさん撮影)

10.02.05  ウェクラのこと




 ウェクラとは、ウェルネス・クライマーズのことだ。栃木県の鹿沼市で活動している小さな山岳グループのことである。市内の同じスポーツジムに通っている仲間たちによって、自然発生的に結成されたグループのようである。10人前後のメンバーに過ぎないが、その活動には眼を見張るべきものがある。
 その最大の特徴は、一年中、毎週山行を実施するという点である。月に一回や二回のグループ山行というのは聞いたことがある。だが、毎週、毎週しかも一年中、山へ行くというのはどうだろうか。たぶん、これは大きなグループでないがためにできることとも思えるが、果たしてそうだろうか。彼らのやり方を見ていると、週始めかあるいはそれ以前に山行の計画を立てて、週末に実施する。毎週末、早朝5時前後に集合して、必ずどこかの山へ出かける。必ずしも毎週、メンバーの都合が良い訳ではないだろうが、とにかく毎週計画する。熱心な人は5人前後だから、集まるのは二人か三人ぐらいのときが多い。そんなもんだろうと思うが、みんなの都合を付けて月に一回か二回にしようとはしないのである。こういうやり方は、毎週日曜日に子供たちが集まって、裏山でチャンバラをやったり戦争ごっこをするのに似ている。子供たちが、休日の休みに外で遊ばないなど考えられないように、ウェクラのメンバーも休日にじっとして、コタツの中でテレビを見たりしていられないということだろう。
 これは、リーダー的な存在のYさんの考え方と行動力に負うところが大きいのだと思う。実際、計画の大半はYさんが立て、その賛同者を募集するといったやり方になっている。毎週毎週Yさんが山行の計画をして、それに賛同者が二人、三人と集まるといった具合である。だが、賛同者が全く無いという事態にはならず、最小でも参加者を得て毎週の山行を実施している。外から見ていると、これもなかなか奇妙なバランスが取れていて、不思議な気がする。端的に言えば、メンバーにも強力な山狂いがいるということだろう。確かに実力派のOさんも山狂いでは人後に落ちない。KさんもTさんも、Iさんも強力なメンバーだ。この機動性は、同じスポーツジムに通っているため、互いの情報が得やすいことにもあるかも知れない。
 ウェクラのもうひとつの特徴は、近県の山々をフィールドにしていることである。例えば、日光であり、足尾であり、奥鬼怒であり、南会津である。国内の高名なピークを猟歩しようなどと思っていないところに特徴がある。この、頑固に夏も冬も地元の山々へ向う姿勢は、このグループの嗜好というよりはひとつの思想にまで高められていると思うのだが、どうだろうか。Tさんは、栃木百名山の踏破に執念を燃やしているようだが、これもその思想のひとつの現れだと思う。百名山といっても、それが見知らぬ地方の高名なピークではなく、自分たちの裏山であることに意味がある。山行を非日常の行為とするのではなく、日常の一部にしようとする姿勢がそこに見える。いずれ、山を旅として捉えるのではなく、あくまでも裏山での遊びとしているところにウェクラのもうひとつの特徴がある。
 Yさんとは、某沢登り教室で同じ講座へ通った仲である。Yさんも私も沢登りというロマンを覗きたくて門を叩いたのであるが、我々の品位、品行が必ずしも主催者に合わず、疎外感を味わいながら1シーズンで退会した。その会で学んだことは、しょせん沢など教えてもらうものではなく、自らの力で歩き楽しむ他はないということであった。次の年、私もウェクラに入れてもらい、Yさん、Oさん、そしてKさんに同行させてもらうことにしたのである。とはいえ、ウェクラの本拠とはあまりに離れた場所に住む私には、毎週毎週の裏山遊びに加わることはできない。その代わりという訳でもないが、沢のシーズンの5月から10月の間に、月一回の割で沢の企画を立ち上げる役をもらっている。私は筋金入りのウェクラの思想を持っていないため、どうしても有名ピークならぬ、よく知られた沢への誘い掛けになってしまっている。地元志向の山行を特徴とするウェクラにとっては迷惑なことであったかもしれない。だが、現在のところ賛同を得て、Yさん、Oさん、Kさんなどと三年に渡って沢を歩いている。昨年は、丹沢悪沢、奥多摩大雲取谷、那須井戸沢、吾妻大滝沢、奥秩父釜ノ沢、尾瀬小淵沢で、実力に合った遡行を楽しんだ。Iさんとは昨年井戸沢で会って、初めて一緒に遡行した。Tさんは沢を始めたばかりのようだが、いつか一緒に歩けるときがあると思う。私が鹿沼市に住んでいたら、どれだけ楽しいだろうと思うことがある。毎週裏山で好き放題遊んで、泥だらけになって帰ってくる。そんなことが大の大人にできるなんてそうあることじゃない。
 以前、YさんとOさんが交互に滑った複合シュプールを写真で見せられたときには、正直いって驚いた。新雪の尾根をショートターンで滑った二人のシュプールが、少しの乱れもなく左右対称の8の字を描き、それが下の方まで連なっていたのである。今年も、ウェクラのメンバーは、「山岳登山滑降」と称して桧枝岐の会津駒ヶ岳2132mやその北東2kmの大戸沢岳2069m、そしてさらにその北3kmの三岩岳2065mを登り、その深雪を滑降しているはずである。先日は、大戸沢岳の頂上へ達したと興奮気味の報告があったばかりだ。若いときに若干のゲレンデスキーと少しばかりのスキーツアーをかじった自分にとって、これほど心ひかれる話はない。ただ、冬の山を歩く勇気のない私は、みんなが豪快に滑降する姿を、コタツに入ってひたすら応援しているだけである。年々、スキー回帰への思いは強くなるばかりだが、スキーの用具って20万円はするし、その他ウェアを含むと30万円にはなるのだろうな。ウーン、と唸っているばかりなのである。
 しかし、この年中毎週毎週、山へそしてスキーへ向うパワーがいったいどこから湧き出してくるのだろうか。冬は冬眠と決めている私からすると、いまだにひとつの謎である。昨年夏は、銀山平〜庚申山〜皇海山〜三俣山〜宿堂坊山〜錫ヶ岳〜前白根山の30kmの過酷な縦走をメンバーで果たしたり、9月初旬、真岡市のトライアスロン(水泳・自転車・ランニング25.75km)では、Yさん、Tさんともに年代別首位を飾るなど、「遊び」の中にも、常にその奥義を極めようとする姿勢がそこに貫かれているのである。考えてみれば、この「極めようとする姿勢」がウェクラの第三の特徴といえるだろう。それは、以下に載せた滑降の写真からも理解できるものと思う。
 ただひとつ残念なのは、これらウェクラの活動の情報が第三者には得られないことである。ホームページも会報も公開していないので、これらの旺盛な活動を外からは見ることはできない。だが、活動の記録を残すというのも、それなりに時間のかかることである。そうなれば、毎週の活動にも影響が出るだろう。過ぎたことに執着するのではなく、次の週の計画を立てて次の山行に神経を集中させるというのも、ひとつの考えではあると思うのだが。


 1/17 大戸沢の樹間を滑降するOさん。スピードを殺さず樹木の間を華麗に滑り抜ける。


  1/17 大戸沢を滑降するOさん。押し出し充分な力強いターンで樹木を交わす。


 1/17 大戸沢のYさん。加速しつつ豪快に左ターン。ターンの軌跡に激しく雪煙が上がる。


 1/17 大戸沢。膝上の深雪を軽く蹴って余裕のある滑りを見せるYさん。


 1/17 急斜面を滑るYさん。滑降者の荒い息づかいが聞こえてくるようだ。


 1/23 三岩岳の狭い尾根を巧みに抜けるKさん。腰まである新雪を押し出して行く。


 1/23 三岩岳。尾根に突っ込むKさん。この先はさらに難しくなる。


 1/30 大戸沢岳ピークを目指す。早朝の第一歩。


 1/30 大戸沢岳のピークはまだまだ。いつまで天気が持つかな?


 1/30 大戸沢岳頂上付近の幻想的な風景。長い道のりの疲れが吹き飛ぶ。


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