10.02.01  遡行図を描く


事前にやること
 遡行図を描くのに最も重要なことは、遡行中に現在地をしっかりと確認することである。この点では、遡行図を描く基本は、遡行の基本と変わりない。遡行中に現在地が分からないようでは、遡行図は描けないのである。集めた情報が何処の場所のものなのかが分からなくては、その情報を使えない。そのために、遡行前の情報収集が大切だ。地形図に本流支流の水線を入れること、小さな沢でも水線を入れておけば、現地で現在地を確認する手助けになる。沢で、現在地を確認する最も信頼のおける方法は、支沢の出合いを確認していく方法である。細かい地形の変化を読み取るには、経験を積まなければ難しい。だが、支沢が入っているかどうかは、相当のボンクラでなければ誰にでも分かる。それに、高度計があれば、言うことなしだ。そのために、地形図にはルートに沿って標高を記入しておけばいい。現地で、短時間に間違いなくどこの二俣かを知ることができるだろう。当たり前のことだが、入渓点、そして分かっているのであれば遡行終了点を、地形図で正確に把握しておくことも重要である。いずれにせよ、遡行図を描くためには、遡行の前から情報を収集しなくてはならない、ということになる。

現地でやること
 現地でやることは、ICレコーダーに沢の状況を刻々ただ録音していくこと、それに尽きる。気が付いたこと、思ったこと、沢や周囲の状況をただただ単純に録音していくだけだ。とは言え、ちょっとしたコツはある。折々の動作の開始時には、忘れずに時刻を録音すること。「10m滝を9時18分に出発」というような具合にである。だが慣れないとこれがなかなか難しい。記録を採り慣れていないと、ついつい忘れてしまうものだ。大きな滝を越えるときは、滝下に到着した時刻と滝上に全員が到着して歩き始めた時刻、休憩したときも開始時刻、終了時刻の両方の時間を録音する必要がある。つまり移動してない時間を正確に把握する必要がある。なぜなら、遡行図作成のときに、ポイント間を移動した「時間」から、地図上の「距離」を割り出す必要に迫られるからである。休憩していたはずの時間を、移動していた時間と勘違いすると距離の計算に大きな狂いが現れてしまい、正確な遡行図が描けない。遡行図の描き方もいろいろあって、例えば滝と滝との距離を全く表現しない場合もあるが、私はだいたいの距離感を遡行図の上で感じ取れるようにすることを目指している。先にも述べたが、支沢の流入地点は現在地確認の重要なポイントなので、その記録を忘れてはいけない。遡行を終了してやっと稜線に上がったときなどは、ほっとして記録を忘れてしまうものだ。こんなときにも、気を抜かず情報収集しなければならない。時々、標高と時刻を録音しておくと、後で遡行図を作成する際に現在地の確認ポイントになるので、役に立つ。ひとつの沢を5〜6時間歩くと、情報量は60や70になる。1時間当たり12ぐらいの情報量になるので、5分に一度は、沢の情報が録音されていることになる。これらは歩きながらできるので、慣れれば遡行に大きな支障は生じない。

遡行図の作成
 遡行図を手書きにするか、パソコンでデジタルデータにするかで最終の出来上がり方は異なるが、基本的な作り方は変わらない。
1)地形図を下書きにして、本流支流など主要な水線を入れた沢の水線図を作る。
2)録音したデータを時間順に羅列して、水線図のどの地点の情報かを推定する。
3)推定に基づいて、滝やゴルジュなどの情報を書き込む。
 地形図を下書きにして1)で水線図を作るので、その図には、各水線の方角と距離がほぼ正確に表わされることになる。遡行図上に距離と方角を表現する方法は、一般的でないかも知れない。遡行図にはそこまで求められていない、という考えが大勢だからである。2)の仕事には、最も時間がかかり、これらの判断が遡行図の正確さを左右する。ある滝が、支流の出合からどれだけ離れていて、次の滝のどれだけ手前にあるかなど、ポイント間の距離は、ICレコーダーに記録した移動時間によって判断する。これは、前に述べたとおりである。このようにして得られた遡行図は、いわば地形図の上に滝やゴルジュの位置が表わされることになり、距離と方角が直感的に分かるものになる。地形図と遡行図を対照しやすい点でも優れている。ただし、沢の遡行に冒険を求める者にとっては、はなはだお節介な遡行図ということにはなるだろう。

パソコンでの作図
 遡行図をパソコンに入力する方法は、人さまざまであろう。私のは、きわめてシンプルな方法である。とはいえ、遡行図をパソコンで作図するとなると結構時間はかかる。これは覚悟しておかなければならない。マイクロソフト社の文書作成ソフトWordには、最小限の図形を作成するソフトが備わっている。それを使って、水線、尾根線、滝や釜、ナメなどの作図をする。滝や釜、ナメ、ゴーロなど常に繰り返し現れるポイントの図形に関しては、事前に作って置いた図形をコピーして貼り付ける。テキストボックスを使って、滝の名称や説明を入れる、といったような具合である。だたし、地形図をなぞって水線を入れるので、地形図をパソコンに入力するスキャナーが必要になる。スキャナーは、プリンター、コピーと一緒になった機械が安く売っているので、現在ではそう経済的な負担にもならないだろう。パソコンでの作図の手順は、概略すると次の通りである。
1)遡行した沢の地形図を、スキャナーでパソコンに取り込む。
2)取り込んだ地形図をコピーして、Wordに貼り付ける。地形図を適当な大きさに拡大縮小する。
3)貼り付けた地形図を下敷きにして、Wordの図形ソフトで本流支流の水線、主な尾根線を記入する。このとき、林道、登山道なども記入する。
4)水線図が完成したら、下敷きにした地形図を消去する。これで、画面に水線図だけが残る。

5)水線図に、滝や釜、ナメ、ゴーロなど、遡行図に必要な情報をWordで記入する。
6)遡行図を描き終わったら、全体の図形をグループ化して保存する。
 概略の手順を述べたが、パソコンの操作は複雑なので、慣れていない人にはこれだけでは分からないだろう。ある程度、Wordで図形を描いたりしている人であれば、この説明で理解できると思う。特に、地形図をなぞって水線を入れる方法は、少し技術を要する。なお、現在私はマイクロソフト社の文書作成ソフトWordを金銭的な理由で使っていない。サンマイクロシステムズ社の文書ソフト(オープンオフィス)は、無料でダウンロードできる上、Wordとも互換性があって便利なので、現在はそれを使って遡行図を描いている。水線図や登山道を描くには、専用の図形ソフトを使う方が扱いやすくて便利だと思う。良いソフトウェアがあれば使ってみたいと思うが、今度はそれに習熟するのに時間を費やされるので、なかなか踏み込めないでいる。
 パソコンでの作図は、出来上がれば確かにきれいに仕上がる。しかし、とにかく時間がかかること、パソコンに慣れていない人にとっては難し過ぎることが難点である。
 しっかり描かれた手書きの遡行図には、何か芸術作品のような気品を感じることがある。そこには、パソコンの作図にはない思想が貫かれていると思うのだが、どうだろうか。特に、「奥利根の山と谷」を著した小泉共司さんの遡行図にそれを感じる。私も芸術作品としての遡行図に挑戦してみたいと思っている。だが、その前に芸術作品に足るだけの沢を歩かなければならないので、それがいつ実現するのかはなはだ心もとない。


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