10.01.31  遡行図の功罪


 沢を遡行するときには、その沢の情報をできるだけ集めることにしている。現在は、インターネットがあるので、多くはそれに頼ることになる。遡行の途中に難しい滝やゴルジュが無いか、沢の分岐はどことどこにあるのか。水線通しに歩けない場合に、高巻きができるのか、容易なのか難しいのかなど、参考になる情報をできるだけ集めて沢へ出かける。そんな時、沢の地形の概念図を表わした遡行図は大変心強い味方になる。あえて情報を集めず、遡行図を頼りにせずに沢を歩く向きもあるようだが、それは沢を長く歩いてきたベテランのことだろう。
 沢を単独で歩き始めた頃、地形図ではなく遡行図を頼りによく登っていた。地形図を読んで現在地を確認するのは、慣れれば何でもないが、地形図を使い慣れていない者にはなかなか難しい。沢を歩くことに精一杯な初心者にとっては、特にそうだろう。今まで、先輩諸氏の遡行図のおかげでルートを外してしまったという経験はあまり無い。だが、源頭に近くなってくると、遡行図に表わされない小さな枝沢が分岐してくるため、遡行図だけでは不安だったという経験はいくらでもある。そんなときは、本流と思しき沢を辿れば、たいがい苦労せずに稜線に出られる、ということも経験によって知った。
 一度だけ、丹沢の鬼石沢を、遡行図を頼りに歩いたときに、F3・20mの上の二俣で、右俣へ入るべきところを左俣へ入ってしまったことがあった。これは、明らかに遡行図に不備があった。こういう例はそう多くはないが、全く無いわけでもない。特に、商業目的で出版されたガイドブックには、このような例が多い。監修者自身が歩いていないか、あるいはかなり以前に歩いた沢の遡行図を、他の出版物から引用してくることなどが原因だと思われる。このような場合、不備のあるまま遡行図が使い廻されるので、なかなか訂正されずに多くの遡行者に影響を及ぼすことになる。皆が、同じようなところで同じように迷うのである。これらは、自分が遡行図の不備によって迷った地点の情報を、インターネットで調べてみれば良く分かる。他の人も、同じ場所で同じように迷っているのである。実例で上げれば、某社のガイドブックの丹沢の大谷沢の入渓点付近に間違えやすい記載が見られる。
 これは以前にも少し書いたが、奥秩父の釜ノ沢東俣の遡行図にも間違えやすい記載がある。水師沢出合と木賊沢出合の間に、甲武信ヶ岳に直接突き上げる顕著な枝沢が分岐するにもかかわらず、遡行図にこの枝沢の記載が無いがために、遡行ルートと間違えてこの枝沢へ入ってしまいやすい。特に問題なのは、いくつかのガイドブックで同じ記述になっていることである。これは推測だが、一から沢の情報を集めて遡行図を描いているのではなく、既知の遡行図に自分の情報を重ね合わせる、という手法を採っているためではないか。そうでなければ、三誌とも同じ情報が欠けているというのは、考えにくい。昨年、釜ノ沢東俣を遡行して木賊岳近くの稜線から甲武信ヶ岳を振り返ると、この枝沢へ入ってしまった遡行者が見えた。甲武信ヶ岳直下は急な斜面になっており、登攀にかなり苦労していたようだった。地形図で現在地を確認して歩けば、こんな例はそう多くあることではないので、遡行図を掲載した著者や出版社に責任があるとまではいえない。だが、遡行図を頼りに沢を登る人がいるという現実を考えると、遡行図はできるだけ正確に描きたいものだと思う。そして、遡行図だけを頼りに登っているかつての私のような遡行者には、ぜひ、遡行前に地形図と遡行図とを比べてみて、ルートを確認してほしいと思う。


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