09.12.31  記憶に残る沢2



 奥秩父・東沢釜ノ沢東俣も記憶に残る沢だ。沢を始めれば、あの噂の釜ノ沢とはどういう所だろう、と思うのは不思議でない。沢のガイドといえば、必ず載っているからである。いつか行ってみたいと思い、やっとそのミーハー的な思いを果たすことができた。ウェクラの山崎さん、大橋さん、ありがとう。初級の沢といえども、釜ノ沢をあなどってはいけない。釜ノ沢は深かった。初日は遅く出発したが午後三時まで歩いて、やっと魚留ノ滝へ着いた。次の日は、魚留ノ滝から甲武信ヶ岳の肩2400mまで、標高差1000mを6時間かけて、やっとのことで登った。この山の深さからしたら、千畳のナメなど小さい。魚留ノ滝の前、ベストポジションで焚き火を囲めたのは、望外の喜びだった。ところで、焚き火の準備をしていたときに、単独行の青年と情報交換した。気持ちの良い青年だった。西俣へ入るらしく、まだ先へ向った。次の日も甲武信小屋で偶然再会して挨拶した。青年の周りには爽やかな風が吹いていた。何であの時、「今度一緒に登ってみないか?」という、一言を思いつかなかったのだろうか。
 栗子山塊・滑谷沢(なめやさわ)は、沢旅といっても良いような遡行だった。下野さんと二人の予定だったが、急遽、西嶋さんが加わって強力になった。国道から旧街道を歩き、崩壊の始まった昭和9年建造のトンネルを通って烏川(からすがわ)に懸かる橋に出る。豊かな水量の穏やかな烏川を3時間下って、滑谷沢の出会いに着いた。本流にも劣らない水量だった。焚き火が燃え出す頃には雨も止み、遅くまで西嶋さん、下野さんと馬鹿話が続いた。滑谷沢は癒し系の沢だと思ったが、どの滝も深い釜を持っている。なかなか、まともには滝を登らせてはくれない。大きな滝はないが、水と岩と青い苔、そして紅葉の始まった木々の織りなす、日本的な情緒のある沢であった。支流が多くどれも豊かな流れを落としている。三日目の栗子山頂上へは、寸分違わず沢の分岐を遡ったが、沢形が失われた途端に平坦な濃いヤブになり、頂上も正確な現在地も確認できない状態になった。何度かコンパスを振り目的の方角へヤブを漕ぎ、2mほどのブッシュに上って、やっと下るべき尾根を見つけた。ここで、ガスが懸かっていたら困難を極めただろう。尾根へ下り始めたところで微かな踏み跡を見つけたが、その先のヤブで再び踏み跡を失った。だが、ここは、鞍部へひたすら降りればいい。鞍部を捉まえ、そこから東へ降りれば、予定の沢を下れるはずだった。STラインとも言うべき、さわね屈指の地図読み人の力量が遺憾なく発揮された場面だった。(STライン:下野、高橋ライン、現在のところ公認されてはいない。)
 晩秋の丹沢・玄倉川、檜洞は思いがけず楽しい遡行となった。新人のタケさんの参加も今回の遡行に変化を添えてくれた。玄倉川は、独りで沢を歩き始めた頃に遡行した想い出深い沢だ。水が少ない時季のため、以前よりも迫力に欠けたのが残念だった。それでも両岸深い紅葉のV字谷、ユーシン渓谷を歩くのは爽快だ。だが、この時季は核心のゴルジュの通過に、泳ぎを使えないのでやや難しくなる。檜洞は、思いがけない収穫だった。以前はユーシンから檜洞丸への登山路として使われていたとのことで、河原を歩くハイキング程度に考えていた。だが、檜洞は十分に美しかった。そして水量が多くスケールの大きな沢だった。磨かれた岩を滑る5m滝から始まるユーシン沢出合付近の滝滝、そして中盤の魚止ノ滝付近の滝滝、これらの景観は一見の価値がある。また、巨石の散在する河原に造られた自然のゴロタ滝も美しい。玄倉林道の閉鎖が続くため、ユーシン周辺の沢は益々原始の姿を取り戻すことだろう。そこには、表丹沢とは異なる落ち着いた穏やかな渓流がある。


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