09.12.31  記憶に残る沢1


 今シーズンは、満足のできる沢歩きができたと思っている。一方、昨シーズンは、5月末にアキレス腱を切ってしまったので、ほとんど満足な遡行をしていない。6月に足の手術をしてからは、松葉杖を突いて会社へ通った。会社の門から職場まではそう遠くないのだが、松葉杖を突く姿はさすがに目立つ。38年間、模範的な社員であった私の、最初で最後の失態だった。だが、回復は早かった。8月のお盆前には上高地を歩き、8月の末には奥秩父のヌク沢を単独で遡行した。とはいっても、沢の下流部だけ、登山道と沢が交差するまでのわずかな距離だ。5mほどの最初の滝は、最大の「難所」だった。釜のあるその滝は右だけが登れそうだったが、爪先を使うクライミングが必要だった。アキレス腱は、爪先に自分の体重をかけたときに最大のテンションを受ける。おそるおそる、そして静かに体重を右足の爪先に掛け、一歩を上がった。何事もなく、その先の一歩も。この小さな滝が、今まで越えてきた、どんな滝よりも難しいと思った。その後も5、6mの滝を何度か越え、遡行終了地点に辿り着いたとき、説明できないような喜びが体に溢れた。初めて沢を独りで歩き終えた、そのときの喜びと同じだった。折からの陽光が、沢のほとりを白くまぶしくしていた。静かだった。木陰に座って、喜びが体を巡るのにまかせた。前方に白い堰堤が見えた。二人組が登山道から現れ、尾根沿いの道を上がっていった。幻覚でも見ているように静寂が支配していた。

 今シーズンも心に残る遡行があった。足尾・庚申川笹ミキ沢では、焚き火に向っているときに突然の雷鳴に打たれた。ビー玉のような雹が降り、容赦なくタープを叩いて落ちた。雷鳴と雷光が同時に起こり、森の闇を幾度も裂いた。誰も、何もすることができなくなり、タープの下に身を縮めた。だが、じきに雷鳴は我々を嘲笑うように遠ざかって行ったのだった。遠い古代ギリシャの話に、「雷撃に打たれるのは、際立って大きなものばかりだ。神は強大な王の思い上がりを許さない。」というのがある。傲慢さが人間の心に取り付くと、それによって身を滅ぼすという譬えだ。大きくも無く、高慢でもない我々は、もともと雷に撃たれる心配など無かったのだが、あの雷鳴には驚いた。
 吾妻・前川大滝沢は、上空の開けたダイナミックな沢だった。大きな釜と滝と爽快なナメの連続が大滝沢の特徴である。最初の三段18m滝が核心と踏んで挑んだが、思いのほか苦労せずに登った。その後の滝は、どれも豪快なナメ滝で、赤っぽい岩が多い。どれも深い釜を従えているので、ルートを探るのに頭を使う。しかし、ゴルジュがないため行き詰ることはない。ただ後半の、落差に圧倒される15m二条滝、水流渦巻く釜の発達した7m滝には、私のような万年初心者はやや躊躇するだろう。この大滝沢は、ウェクラの山崎さん、大橋さんそして私のパワーを全開しての7時間の遡行となり、張りのある思い出深い遡行となった。沢の選択は難しい。簡単すぎても難し過ぎてもいけない。
 谷川・湯檜曽川白樺沢、ケサ丸沢は底抜けに明るい沢だった。特に、ケサ丸沢はピカいちの沢だ。武能沢を下って湯檜曽川に入る。両岸が険しくなると、魚止ノ滝だ。ここは、残置支点と残置ロープを使って登った。これらの工作がなければ、ここの突破は難しい。白樺沢の出合からケサ丸沢の出合までは、V字に開けた青空にスラブの滝が連続する美しい場所だ。ケサ丸沢F2二段25m滝は、その大きさに圧倒される。また、何といっても、標高1100m付近から始まる18の滝が連続する大連瀑帯が圧巻だ。息つく間もないほどの滝滝滝である。ときおり、振り返ると対面に笠ヶ岳の雄姿が見える。同行したKさん、ガクさんは、あまりの嬉しさに、滝壺をお風呂と勘違いしてしまったのだった。


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