09.12.12  「沢登り同好会さわね」について


 「沢登り同好会さわね」の良いところって何だろうなと思う。あまりというか、他の山岳会に入ったことが無いので比較して考えることはできない。唯一の経験は、学生時代に入っていた山岳志向の同好会である。とはいっても、春から秋の山だけであったが。若いときで自分というものが出来上がってない時期だったので、この同好会には、ずいぶん自己形成のお世話になった(と思う)。だが、この同好会は、確か70〜80人ぐらいの会員がいたので、「さわね」の規模とはあまりにも違いすぎて比較しても意味が無いかもしれない。この同好会もほんわかした、どこか「さわね」に似たところがあった。私は、厳しいところ、強制されるところが嫌いで、いつも居心地が良い集団を求めていたように思う。栃木県鹿沼市でパワフルに活動しているウェルネス・クライマーズも特色のある会だ。現在、夏の間だけ参加させてもらっている。この会についてはいずれ紹介したいと思う。
 さて、「さわね」の良いところだが、やはり自由な雰囲気というのだろうか。会のメンバーに課される制約がほとんど無いことだろう。これは、創会以来のメンバー、N、S、Kなどによって造り出されて来たといっても良いだろう。誰かが強権を振るうことも無ければ、守るべき掟もない。最近は、この自由というのが会の弱点になっている、と分析する向きもあるようだが、事実だからとりあえず仕方が無い。メンバーは、40代と60代が多く、年齢的には二極分化している。酒を呑んだときに出てくるそれぞれ自身の言動や、他のメンバーの情報によれば、各人の職業も経歴も様々である。だが、詳しくは良く分からない。というのは、このメンバーは、個人の情報をあまり知ろうとはしない、というよりは知らない方が、より付き合いがうまくいくと考えている点も見受けられる。沢の遡行を一緒に楽しもうという会なので、個人の情報はあまり必要ではない、ということなのだと思う。当然といえば当然だろう、40代、60代のすでに人間形成をとうに終えた人々の集まりなのである。それが大人の付き合いというものだろう。
 定年退職した者、家庭の主婦。サラリーマンそして自営業の者。転職したばかりの者、リストラに不安を覚える者。結婚している者ひとり者。富める者そうでない者。男と女。仕事盛りの者とそうでない者。物静かに相手を思いやる者我の強い者。酒が異常に強い者すぐ酒に呑まれてしまう者。思いやりの話術を持った者あるいは感情に率直な者。会に厳しさを求める者、徹底した自由を信奉する者。会にのめり込む者遠目に眺める者。厳しい遡行をこなす者できれば安楽に沢を遡行したいと考える者。登攀を好む者できれば避けたい者。雨が降ろうが槍が降ろうが山行は実施したい者、悪天候に志をすぐ曲げてしまう者。沢の遡行に人生を賭けているように見える者、遡行は遊びのひとつと考えている者。足腰強靭な者、体力に負い目を持つ者。自制的な者、奔放な者。優しい者厳しい者。個人の山行を大切に思う者会の山行を思いやる者。若者のように熟睡する者夜中に眼が覚めてしまう者。雪山を避ける者白銀の世界に自身を投棄する者。
 そんなにと思うほどに様々である。たった十人ほどだが様々である。誰一人として同じ分類に括られる人間はいない。そしてそれぞれに成人している。これは、困ったものだ。中学生や高校生ならまだしも、我々は立派に成人して様々なのだから。これは、やはりひとつの価値観でまとまることは難しい。だが、我々の共通項は、「沢を歩くのが好き」ということだ。これは、先に述べた多様性にも増してはっきりしている。12月初旬、年一回の総会のときに、来年登りたい沢をそれぞれに書いて来たが、その結果にはっきりと現れている。あまりに強い沢への憧れ。一生かかっても歩ききれない沢の名を認めてきた者、来年こそは残り少ない沢人生を全うしようとする者。われわれの技術を度外視した者。反対に自分の力量で登れる沢を精一杯集めてきた者。「強い沢への希求」これが我々の強みである。そして多様性は弱点ではなく強さと考えて良いのではないか。それが「さわね」の良さではないか。多様性とは、多様な人間の入ってくる素地を持っているということでもある。とにかく自分の好きな沢へ登りたい。強制が支配するのではなく、自分で自分を駆り立てて自身の思いを果たす。こんなすばらしい会があるだろうかと思う。だからこそ、それぞれに少しずつの不満を持ちながらも、「さわね」にこだわっているのだと思う。入会して二年少し過ぎた自分に、やっと「さわね」の真の姿が見えてきたような気がする。


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