09.12.02 元旦号の作品

芹澤様

 先日ご依頼をいただいた、元旦号の原稿を新聞社の方へ送りました。始めて、もう何年になるのでしょうか。とっくに「詩人」でもなく、批評の精神も枯渇した者が、このようなものを書くのを恥かしく思います。私がまだまだ若かったときには、老練の「詩人」が日常雑記的な作品を、臆面も無く発表している姿に、ずいぶん落胆したのを覚えています。そして、その老練の「詩人」は、実は自分だったと言う訳です。いつも今年限りと思って来ました。次の世代に席を譲りたく思いますが、有望な若手は身近にいるのでしょうか。私は現在、「詩的世界」からは隔絶したところに生きていますので、事情は良く分かりません。60年代には前衛思想であった現代詩の衰退を、社会主義の幻影の破綻によるとして、(衰退は)「現代芸術全般に共通していますね。詩だけじゃありません。高度資本主義が芸術を変質させている。」と、谷川俊太郎1)に語らせています。そんな訳で、若い書き手などいないのかも知れませんね。最近、北沢さんが浜松市の樹海社から詩集を出しましたが、なかなかすばらしい詩的世界を構築しておりました。ずいぶんと、離れた世界へ行ってしまったな、というのが率直な感想でした。すでに、技術論では批評できない水準に達しています。芹澤さんもお読みになっていると思いますが。
 今度の作品をご参考までにお送りします。ささっと書いた埋め草に過ぎません。言い訳ではありませんが、一行12字以内という制約が詩作を難しくさせています。私は、かなり以前からその制約を無視しています。編集者からは何も言ってこないのでOKです。

                         1)朝日新聞09.11.25「オピニオン」谷川俊太郎


 矜持
           川崎英穂

崖縁にしがみつくように
一本の樹木があった
北側から冷たいガスが吹いていた
ちょうど腕の筋肉のように
崩れかけた斜面に根を張っている
どれほどの風雪を耐えて
どれだけの旅立ちを希求し
今日を迎えたのだろうか
とつぜん 矜持という言葉が浮ぶ

最も長い移動を生きる
人の子孫として生まれながら
わずか十キロ内に大半を生きた
この頼りない砂礫の上に
そんな自分にも
樹木ほどの矜持はあったのかと


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