道志山塊 石割山

2009年10月31日 
Hisa、高橋

 黄葉したトウカエデ

 久しぶりに石割山へ登った。紅葉はまだ早いと思ったが、絶好のタイミングだった。好天に恵まれ、陽に透かされた黄や赤の葉が見事な秋の彩を見せていた。石割山は、東西に伸びる道志山塊の西はずれにある1412mの小さな山だ。頂上へ登る山道の途中に、巨石が縦割れした神石を祀る小さな神社がある。今日は、どういう訳か登山者が多い。以前はそんなに人と会った記憶が無い。とは言っても前回の登山は、10年ほど前の正月の4日だったから、比較にはならないかも知れない。紅葉のシーズンと重なったための人出なのだろう。
 平野側から伸びる林道を入り、鳥居の前にある駐車場に車を止めた。鳥居をくぐってまず標高差100m以上の階段を登る。最初からの急登なので結構息が切れる。階段を登りきったところに東屋がある。ここから山道を歩き始めるのだが、どうも最初から雰囲気が違う。登山道が広く整地されてある。前は、こんなところを登ったのかなと思いながら納得のいかない歩きを続けた。石割神社へは、秋冬であれば葉の落ちた明るい雑木林の間を縫って、細い山道が続いているはずだった。途中、足元が白砂に変わり、雑木の間から射す陽光を神々しく照り返しても来るはずだった。下の長い階段を上った後は、霊験あらたかな神に近づく参道を歩いている、そういう雰囲気があったものだ。
 この幅広の山道を登る違和感は、じきに一つの確信に変わる。おそらくは重機で山腹を削りながら拡幅された道は、旧い山道を何度か横切っていた。自分の記憶にある旧い山道は、ズタズタにされ機能していないのだった。この拡幅された道は、神社まで繋がっているのだろう。神社の改修か何かで車を走らせるための工事用道路として作られたのだ。この確信は、道路の途切れる先で揺るぎ無いものになった。新しい神社が改装され、神石には立派なしめ縄が下げられていた。色が褪せていないところをみると化学繊維のものだろう。神社の前は、木々と笹が伐採され広い空間が造られ、そこにはベンチまで設えてある。狭い割れ目を通ればご利益があると言われる巨石の割れ目へは、コンクリートの階段で導かれ、割れ目の下にはコンクリートが流し込まれていた。沢筋にあるこの巨石の下は、大きな無粋な堰堤で守られていた。
 無残であった。木々と笹薮の暗がりの中に、ひっそりとしかし昂然と聳えていた巨石は裸にされ見事に「観光化」されていた。おそらくは、地元の人々の様々な議論の末、このような改装が行われたのだろう。だが、旧いものを守るという視点が大きく欠けていたと言わざるを得ない。おそらくは何百年もの間、なぜここが神の宿る地として崇められてきたのか。残念ながら、それらのことについて考えられた節は見当たらない。もう、取り返しの付かない改装だった。10年ほど前、観光気分で伊勢神宮をお参りしたことがあった。人の流れに従い本殿へ向かった。さぞかし、ここの本殿はすばらしいだろうと思った。だが、目にしたのは小さな藁屋に過ぎなかった。信仰の対象はモノではない。モノに還元できないもの。我々の世俗の概念では捉えられない空(クウ)である。小さな藁屋から発信されたのは、こんなメッセージだった。
 神社の上へ続く山道へ入って初めて石割山へ来たという実感が沸いてきた。山道も木々も昔のままであった。だが、この地をもう二度と歩かないだろう。

コースタイム
駐車場・登山口10:12−石割神社10:51−石割山頂上11:17−昼食11:35〜12:05−平尾峠12:21−平尾山12:25〜12:34−分岐12:56−駐車場・登山口13:12


 まず、標高差100m以上ある階段の登りから始まる。


 振り返っても階段の端は見えない。


 鮮やかなモミジの紅葉が陽に映えて


 幅広に整備された道路の行き止まりに突然無粋な堰堤が現れる。


 樹々もヤブも刈り払われた明るい広場の中に立派な祠が。


 石割神社の上を行く登山道から。神社の祠の向こうにしめ縄をした巨岩が見える。


 神社の上の登山道で、初めて石割山の雰囲気が現れる。


 紅葉は盛りを迎えていた。百花繚乱?


 山中湖の東端が顔を見せる。


 リンドウが咲いて。リンドウは母親の思い出とつながっている。


 平尾峠を下がり。


 日差しで明るい登山道を下る


 ところどころにトウカエデの美しい黄葉が


 観賞用のモミジも負けじと黄葉していたが


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