『追想の渓』

2017年5月31日 初版第一刷発行
編著者 髙橋 栄
発行者 田中逸郎
発行所 コシーナブックス (石川県金沢市)
印刷・製本 田中昭文堂印刷株式会社
自家版、市販はしておりません











 まえがき

 
2009年から、歩いた渓の記録を、ウェブサイト「沢の風と空」に掲載してきた。
 
その前年には還暦を迎えていたので、それらは、私が60歳を過ぎてから歩いた渓の記録でもある。それは、50歳から始めた渓の遡行が、多少の余裕をもって楽しめるようになった頃でもあった。
 
あれから、いつの間にか八年になる。この間、私はますます渓の遡行にのめり込んだ。心身が自然の呼吸に共鳴するのを感じたからである。渓の懐の中に在れば、ただ心が膨らみ渓に同化する。そんな自分があることを知るようになった。このような悦びは、それまで感じたことのなかったものである。
 
この八年の遡行は、150回を超えた。どれも想い出深い渓である。渓には、いつも同じ思いと感受性を抱く友があった。渓の記憶が心に残るのは、いつも傍らに友が在ったからである。そのような存在が幸運であったのだと、今になってつくづく思う。
 
ウェブサイトの記録を読み返すうち、過去の渓の記録をまとめようと思い立った。読み返せば、どれも紀行とも記録に徹したとも言えない中途半端な文章のようにみえる。訪れた渓は、どれも冒険譚を語るような険しい渓ではない。むしろ、初級者でも歩けるような優しい渓が多い。そんな渓の記録を上梓する意味がどこにあるのか、そんな囁きも内から聞こえてくる。
 
人とは、徹底して自己愛の深い者だと思う。自分という六等星が、この広い宇宙に存在し、世界の片隅で微かな軌跡を描いていたという思いを反芻したいのだ。

 
歩いた渓のすべてを書き残すのは難しい。特に記憶に残る38の渓を選んで書き残すことにした。
 
文末に、遡行や下山の時間を掲載したが、いずれも休憩や昼食の時間を含むものである。あくまでも、参考時間として示したものだ。歩行速度は、若い人の記録と比べると、ゆっくりしているはずである。特に、2013年以降はゆっくり歩いている。
 
遡行の経験の少ない人にとって、分かり難いと思われる語句を、巻末に解説した。

                              2017年4月 山笑うころ


Home